フランスではウズラを卵ではなく、食肉として食べるのが一般的。ジビエのシーズンには、精肉店にずらりと並ぶ=PIXTA

では、日本のウズラ産業はどれほどのものか、どこがその産業を担っているのか。調べてみると、2018年度の産出額で約7割と圧倒的シェアを誇るのが愛知県だった。中でも、ウズラの飼養数が半数以上を占めるのが、豊橋市だ。日本で唯一のウズラ専門農協「豊橋養鶉(ようじゅん)農業協同組合」まであるという。

豊橋市はもともと養鶏業が盛んという背景に加え、飼育に適した温暖な気候、東京・大阪の二大市場の中間という地の利がある。そんな好条件に恵まれ、豊橋地方でウズラが飼われるようになったのは1921年ごろからだという。

「第2次世界大戦で一時衰退したものの、戦後『スズケイ』という豊橋の個人商店が東京からペットとして飼育されていたウズラを分けてもらい、上手に交配させて優良なウズラを品種開発したところ、全国から引き合いが殺到したそうです。ウズラは飼育規模は小さくて済む割に、卵が高く売れてすごく儲かったからです。これが豊橋のウズラ産業本格化のきっかけだったようです」と、豊橋養鶉農業協同組合品質保証室の葛山貴之さんが説明してくれた。

なお、戦中からブラジルや東南アジアにも輸出されるようになったという。特に日本からの入植者の多いブラジルで養鶉業が発展しているのは、その表れかもしれない。「採卵用としてウズラを大規模飼育するようになったのは日本が初めてで、海外では日本で採卵用に品種改良された『Japanese quail(ジャパニーズ・クエイル)』という品種のウズラが多く飼育されています」(葛山さん)

こちらが採卵用のウズラのメス。体長約50センチのニワトリのメスよりもずっと小さい(写真提供:豊橋養鶉農業協同組合)

こうして日本で生まれた採卵用のウズラは、生物分類として独立種の名前まで与えられ、世界へ羽ばたいている。ただ、世界的には中国やタイなどのアジアや南米地域に大きな採卵用ウズラの市場があり、日本の市場はこういった国には及ばないという。それでも、こうした市場の大きな国々から日本の養鶉農家・企業に研修生が訪れたり、問い合わせを多く受けたりするのだという。

なぜかというと、理由は「日本の養鶉業界が培った歴史と文化の深さ」にあるという。研修生は海外からやってくるすし職人のようなもので、「日本ですしの修業をした」という実績を作れば、相手(顧客やビジネスパートナー)の見る目が変わる。それと同じ価値が「日本で養鶉を学ぶ」ことにあり、「ウズラは日本の食文化」というイメージが海外のウズラ消費大国の人々の間に伝わっているのだ。

日本のウズラは、もはや日本の食文化を代表するブランドの一つ。豊橋市は養鶉業を通じて、養鶉業を学ぶ多くの人々、海外研修生たちへ門戸を開き、世界へジャパン・クオリティーを広めている。

最後に、筆者がウズラの卵に対して抱いていた長年の疑問を、葛山さんにぶつけてみた。ズバリ、恐竜の卵をほうふつとさせるようなあの殻の模様はなぜできるのか? そして、あの模様自体に何か意味があるのか?