池脇千鶴さん 『その女、ジルバ』で見せた決める力
池脇千鶴さんが9年ぶりに主演を務めている連続ドラマ『その女、ジルバ』(東海テレビ・フジテレビ系)が好評です。2016年4月からスタートした「オトナの土ドラ」シリーズ全31作の中で初回視聴率は関東地区で世帯視聴率6.3%、名古屋地区で世帯視聴率9.2%(占拠率30.0%)と歴代トップを記録しました。
初回放送直後から、ツイッターでも「しみじみとした見応えのあるドラマ」「元気がもらえる物語」といった声が上がり、話題になっています。
このドラマは、第23回手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞した「その女、ジルバ」(作・有間しのぶ)を実写化しています。池脇さんが演じる主人公の笛吹新は、百貨店でアパレル販売員として働いていたものの、リストラ対象となり物流会社勤務に異動させられ、自身の人生をさえないものであると感じていました。結婚直前に婚約者にも裏切られ、未来への希望を失いかけた40歳の誕生日に、偶然40歳未満お断りの熟女バー『OLD JACK&ROSE』の求人広告を目にし、最年少ホステス「アララ」として働き始めます。先輩ホステスたちとのふれあいや人生訓を通じて、アララ(新)が自身の人生をポジティブに歩み出す姿が描かれていくヒューマンストーリーです。
このドラマの初回で池脇さんは、目を腫らし、ほおもややたるみ気味、丸まった背中……と、覇気のない表情一色で登場しました。
もともとかわいらしい顔立ちで清純派女優として認識していた視聴者にしてみれば、なかなかの衝撃があり、ツイッターでも「最初は池脇千鶴だとわからなかった」「40歳相応の容姿になっている」などと、池脇さんが演じる主人公の容姿に対する声が数多く投稿されていました。
ですが、アララの表情がしだいに明るくなっていく第2話以降は、おしゃれに目覚めて笑顔も増え、前向きに進んでいこうとする姿が描き出されるうちに「どんどんかわいくなっていく」「もっと変化して輝いていくのかな」などと、池脇さんの変貌ぶりと今後の展開に期待を寄せる声が上がり始めます。
このドラマで池脇さんは二役を演じています。『OLD JACK &ROSE』の店内に飾られている写真の「伝説のママ・ジルバ」も、池脇さんが演じているのです。グレーヘアで華やかなドレスを身にまとい、はつらつとした表情を見せるジルバは、エレガントに輝く女性そのものです。池脇さんが二役を演じていることを知らなければ、池脇さんがふんしているとはとても思えません。
それほど、さえない40歳女性の姿を演じる池脇さんと、輝くジルバにふんする池脇さんは、別世界の雰囲気を醸し出しています。
その演じ分けを目の当たりにし、様々な見せ場においておのおの世界観を表現する池脇さんに、「決める時に決める」役者としての力量を改めて感じました。
9年ぶりに連続ドラマの主演を務めている池脇さんですが、この9年の間も、ドラマや映画には継続的に出演しています。代表作である第38回日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞した映画『そこのみにて光輝く』(2014年)をはじめ様々な作品がありますが、そのうちのほとんどが脇役としての立ち位置です。ですが、どの作品においても、作品ごとになじんだ印象を残し、役者としての存在感を維持し続けてきました。
派手に話題を集めることはなくとも、必要とされる役割を着々と果たし、脇役として「決める」仕事ぶりを徹底してきたように思います。
そうしたなかで、今回のドラマでは一人の中年女性の姿をまさに体を張って表現し、タイプの違う二役を見事に演じ分ける、これぞ女優!と言わんばかりの「決める時に決める」力を発揮しています。
この「決める時に決める」スキルや力というのは、どのような業種や業務であっても重要です。
ビジネスの世界でもリーダーとして、エネルギッシュにチームや組織を統率するような人も存在します。ですが、そんな人はごく一握りであり、通常はスタミナが持たず、周囲もそのペースに合わせ続けることが困難になってくるものです。
それは女優という仕事においても同じであり、華やかな主役として光り輝き続ける女優さんには、やはり全盛期と呼ばれる一定の時期が存在します。
ですが、池脇さんの場合は、常に華やかに光り輝き続けるというよりは、自然体でその場その場で必要な明るさをともしているスタイルです。それにより、息の長い女優さんとして、存在感と存在意義を保ち続けています。
これは簡単なようで難しいことです。というのも、人はノッている時にはどんどん力んでしまい、その先に向けたスタミナを考えずに放電しがちだからです。
ですが、社会環境の変化が激しい今は、様々な状況に適応できるようスタミナを保ちつつ自身の存在価値を維持しながら、いざ勝負する場面でしっかり実力を発揮できるかどうかが、仕事人生を左右する時代を迎えています。
池脇さんの仕事ぶりを観察すると、そうした今の時代にこそ生きてくる仕事との向き合い方が見えてくるように思います。
毎週土曜日に放送されているこのドラマを通して、池脇さんが演じるアララの変化を楽しみつつ、週明け以降の自身のあり方についてイメージを巡らせ、穏やかながらも明日につながる週末のおウチ時間を過ごしてみてはいかがでしょうか。
経済キャスター。国士舘大学政経学部兼任講師、早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員。JazzEMPアンバサダー、日本記者クラブ会員。多様性キャリア研究所副所長。地上波初の株式市況中継番組を始め、国際金融都市構想に関する情報番組『Tokyo Financial Street』(STOCKVOICE TV)キャスターを務めるなど、テレビ、ラジオ、各種シンポジウムへ出演。雑誌やニュースサイトにてコラムを連載。近著に「資産寿命を延ばす逆算力」(シャスタインターナショナル)がある。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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