ミャンマーの化粧をするロヒンギャの少女とたくましさ
アジアの小さな村を旅してまわり、人々とふれあいながら撮影を続ける写真家の三井昌志さん。最新の写真集「Colorful Life 幸せな色を探して」(日経ナショナル ジオグラフィック社刊)から、ミャンマーでたくましく生きる人々の姿とその物語を紹介してもらった。
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ミャンマーの女性や子供たちが顔に塗っている白い粉は、「タナカ」と呼ばれる天然の日焼け止め兼化粧品だ。ミャンマー中部の乾燥地域に生えているタナカの木(ミカン科ゲッキツ属の樹木)を石板ですりおろし、それに水を加えてペースト状にしてから、ほおや鼻に塗る。これは日差しが強いミャンマーで2000年前から受け継がれてきた伝統的な習慣で、日焼け防止だけでなく、防虫効果や美肌効果もあると言われている。
色鮮やかなサリーを見ればすぐにインド人だとわかるように、白いタナカが塗られた顔を見ればすぐにミャンマー人だとわかる。タナカは、ミャンマー人としてのアイデンティティーを表す象徴でもあるのだ。
タナカの習慣は、ミャンマー国民の約7割を占めるビルマ族だけでなく、山岳地帯を中心に広く分布している少数民族たちにも受け入れられている。ミャンマー西部ラカイン州に住むムスリム系住民・ロヒンギャたちも、その例外ではなかった。多くの点で多数派のビルマ族とは異なるロヒンギャだが、タナカを顔に塗る習慣は同じように受け継がれているのだ。
ロヒンギャとは隣国バングラデシュから移住してきた人々の末裔(まつえい)で、すでに何世代にもわたってラカイン州に住んでいる。にもかかわらず、ミャンマー政府からは不法移民者として扱われていて、市民権を奪われたまま、数十年にわたって差別と迫害に苦しんでいた。
2017年8月にはロヒンギャ住民とミャンマー政府軍とのあいだで大規模な衝突が発生し、政府軍による虐殺と焼き打ちによって、70万を超えるロヒンギャたちが難民となって隣国のバングラデシュへ逃げ延びる事態となった。この衝突で発生した大量の難民たちは劣悪な難民キャンプでの生活を余儀なくされ、21年の今もなお故郷に帰還するめどは立っていない。
ロヒンギャの人々が差別と迫害を受けてきたのは、彼らが母国ミャンマーへの同化を拒んでいることにも原因があると言われていた。ロヒンギャ語という独自の言語を話し、イスラム教を信じているロヒンギャたちは、多数派である仏教徒と共存することは不可能だから、彼らの先祖が住んでいたバングラデシュへと追い返してしまえばいい、というのがミャンマー政府軍とそれを支持する人々の理屈だった。
しかし実際にミャンマーにあるロヒンギャの村を歩いて、彼らの側からものごとを眺めてみれば、事態はまるで違った様相を呈してくる。確かにロヒンギャたちは独自の言葉を話しているが、ビルマ語を習得しようと努力しているし、それがいまだに不十分なのは、ミャンマー政府がロヒンギャの学校に対して一切支援していないからでもある。ロヒンギャの村人の多くは貧しく子だくさんだが、それは彼らの市民権を奪い、まともな仕事に就けないような法律を作った体制側の責任だとも言えるのである。
現金収入が得られる仕事にも就けず、村の外に出ることすら許されていないロヒンギャたちは、人力と畜力に頼った昔ながらの農業で日々の糧を得ていた。
「父も祖父もここを耕してきたんだ」と使い古したクワを手にした男は言った。「やがて子や孫たちも、この畑を耕し、種をまくだろう。ここは私たちの故郷だから。誰に何を言われても、離れるつもりはない」
ロヒンギャの子供たちも働き者だった。男の子は村のそばを流れる川の水をくんで運ぶ仕事をしていたし、女の子は川の水でお米を洗ったり、洗濯を手伝ったりしていた。ため池に網を投げて小魚を捕まえる子もいたし、手製のパチンコを使ってコウモリを撃ち落とし、それを通りかかった車に売りつけている子もいた。電気も水道もテレビもない不便な暮らしだが、子供たちの表情は生き生きとしていた。その笑顔には「どんな状況にあってもたくましく生きていく」という人間の本質が表れていた。
村の小学校はとても粗末だった。ミャンマー政府からの援助が受けられないために、校舎は狭く、竹を編んで作った屋根には大きな穴が開いていた。それでも子供たちの学ぶ意欲は高く、黒板を見つめる目は輝いていた。
ロヒンギャの子供たちの顔に塗られた白いタナカ。そこには、民族や言語や宗教の違いを乗り越え、「ミャンマー人」として堂々とこの土地で暮らしたい、という願いと決意が込められているように感じられた。
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次ページでも、三井さんが撮影したミャンマーの人々や風景を写真で紹介しよう。
(文・写真=三井昌志(写真家)、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 2021年1月16日付の記事を再構成]
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