恨み・怒りが痛みをこじらせる 悪循環を断ち切るには
愛知医科大学 学際的痛みセンター長 牛田享宏(4)
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前回の最後に出てきた「痛み行動」について考えておきたい。
今の疼痛医学の中で、とても重要な概念だというふうに牛田さんは述べていた。
痛みというのは主観だ。
だから、痛みの知覚そのものを他者と共有することはできない。
周囲の人や医師が見ることができるのは、痛みを訴えたり、痛そうな仕草をしたり、そもそも、痛みで医師を訪ねること自体を含めて、人が起こす行動、つまり「痛み行動」だ。
急性期の痛みなら、それが引き起こす「痛み行動」は、その痛み知覚に直接、基づくことがほとんどだ。怪我をして「いたたたっ」と声を出したり、痛みを避ける行動をしたり。一方、慢性疼痛になると、痛みの知覚だけではなく、むしろ、周囲の反応によっても規定される部分が大きくなっていくという。
「前にも言いましたように、疾病利得、『痛み行動』に報酬が出ると、『痛み行動』が強化されていくことがあるわけなんです。優しくしてもらえたり、お金が出たりして、ということです。そうやって、ますます動かなくなったり、薬に依存したり、場合によっては医師に依存して、痛みにとらわれこじらせていきます」
痛み行動を強化して、痛みにばかり意識を向けてしまうと、本当に痛みが大きなものになっていく。これも「気のせい」「気持ちの問題」というのを越えて、認知の問題だったり、脳神経レベルの根拠が見つかりつつあることだそうだ。
もっとも、こういった痛みに通じる回路を自ら強化してしまうのは、なにも「疾病利得」だけではない。牛田さんは、別の要素として「恨みや怒り」を挙げた。
「怪我でも病気でも、自分が原因やと思えるものの方が、痛みについては楽ですよ。同じことになるんやったら、自分でやったほうがましです。その方が、あきらめがつきますから」
自分でやったほうがまし、という時、牛田さんの口調には大いに実感がこもっていた。恨みや怒りというのは、それほど大きく、痛みに関係してくるものなのだという。
「恨みや不公平感を持っている人の方が痛みが出やすいというのは、研究でも示されています。実際、僕らの臨床体験でも、交通事故や事件の被害者でも、恨んだり怒ったりしている人の方がすごく苦しむことが多いですし、CRPSの人の中にも、例えば、手術を失敗されたって恨んでいる人がいます。まあ、100点満点の手術はないですし、僕は失敗されてないと思うんですけど、患者さん自身が失敗されたと思い込んだら、それでもうおかしくなってしまう場合もあるんです」
慢性疼痛をめぐって、社会的・心理的な側面を見てきた今、それを聞くと、たしかにそういった強力なパワーを持った感情が影響をしてくるというのは納得できる。なにより、恨み、怒る気持ちは、今ある痛みを常に再確認することにもつながり、痛みにとらわれ、疼痛行動を強化することにつながっていく、ということなのだろうか。
「今、言った患者さんは、もとはといえば、腰椎の椎間板ヘルニアだったんです。ある病院で、手術をすればすぐにゴルフでもなんでもできるようになると言われて手術を受けて、それでも痛みとしびれが残ったので再手術してもよくならなかったと。それで、別の病院で『症状が残存しているのは手術で神経に傷が付いているからだろう』と説明を受けたっていうんですよ。それでもうこれは治らないんだと悲観して、うつも発症して、どうしてもよくならなくて、僕たちのところに来ました。痛みの『破局的思考』に至ったケースなんです」
痛みにとらわれ、すべてがそれを中心にまわってしまう。不安や恐怖、それにともなって、うつや不眠に至り、「使わないことによる痛み」や、様々な機能障害、依存などにはまっていく。どこかで悪循環を断ち切らないと本当につらい。
なお、「使わないと萎縮する」効果から、生活に支障をきたすレベルの慢性疼痛に落ち込む悪循環は、人間の患者さんの観察だけでなく、ラットの実験などでも示されている。これは、牛田さん自身の研究だ。
「例えば、骨折してギプスしてからCRPSみたいな重たい慢性疼痛になっていく人がいるんですが、それを僕は、最初、骨折したからそうなるんだと思っていたんです。ところが、骨折していないラットにただギプスをする実験をしたら、30日くらいたつと、それだけで同じように痛がる動物ができてしまいました。手とか足を固定しておくんですが、やがてアロディニアのような症状が出てきて、尻尾に少し触っただけでも、ビビッってすごい反応をしたりするようになるんです」
また、最近では、人間に対する「実験」も試みられており、アメリカのグループが、健常者にギプスを巻いて過ごしてもらうと感覚が変わる(さすがにCRPSになる前に切り上げる)という報告をしているそうだ。
一方で、こういった、痛みの悪循環から脱却できる人もいるし、そこに、牛田さんのような医師や医療のチームが関わることもできるというのが、まさに勘所だ。
「一つの例ですけど、全国レベルの競泳選手で、飛び込みをした際に胸髄(きょうずい)損傷した人がいます。『下半身がずっと氷水につけられているように痛い』と言っていて、抗うつ薬なども効かず、自殺しようとしたこともありました。でも、車椅子バスケットボールのチームに誘われて、そこでがんばってリーダーになっていくんです。今では社会復帰していて、痛みはあるけど困らない、というんですね」
ここでは、車椅子バスケに入るところが大きな分岐点であるようなのだが、そこに至るまで、悪循環の中で体が固まってしまうのを防ぎ、運動を推奨し、痛みがある中でも、それと付き合っていくためのカウンセリングなどをしてきたからこそ、その一歩を踏み出せた。本当に不思議なもので、痛みにとらわれて意識をそればかりに集中していると耐え難いことだったのが、別のことに関心を移した瞬間(リフォーカス Refocusという)、耐えられるものになるというのは、よくあることらしい。
「アロディニアで手が焼けるように痛くてとか言っているような人も、例えば別のところにもっと大きな怪我をしたり、極端な話、膵臓(すいぞう)がんですって言われたりすると、痛みの方はすごく楽になってしまうんですよ。じゃあ、気の持ちようとか、気のせいなのかと言われますが、ニューロサイエンス的にはちゃんと神経メカニズムが証明されてきています」
それにしても……恨みや怒りによって痛みに固執することで、ますますその状況を固定してしまい、脱出できなくなるというのは本当にやるせない。こういった感情は人にとって自然なもので、特に「怒り」はしばしば閉塞した事態を打破して好転させるきっかけになったりもするようにも思うけれど、こと慢性疼痛にはまりこんだら、別のことに意識を振り向けないといつまでもそこにとどまることになってしまうかもしれないというのである。
=文 川端裕人、写真 内海裕之
(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2020年1月に公開された記事を転載)
1966年、香川県生まれ。愛知医科大学医学部教授、同大学学際的痛みセンター長および運動療育センター長を兼任。医学博士。1991年、高知医科大学(現高知大学医学部)を卒業後、神経障害性疼痛モデルを学ぶため1995年に渡米。テキサス大学医学部 客員研究員、ノースウエスタン大学 客員研究員、同年高知大学整形外科講師を経て、2007年、愛知医科大学教授に就任。慢性の痛みに対する集学的な治療・研究に取り組み、厚生労働省の研究班が2018年に作成した『慢性疼痛治療ガイドライン』では研究代表者を務めた。
1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、肺炎を起こす謎の感染症に立ち向かうフィールド疫学者の活躍を描いた『エピデミック』(BOOK☆WALKER)、夏休みに少年たちが川を舞台に冒険を繰り広げる『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)とその"サイドB"としてブラインドサッカーの世界を描いた『太陽ときみの声』『風に乗って、跳べ 太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)など。
本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。近著は、「マイクロプラスチック汚染」「雲の科学」「サメの生態」などの研究室訪問を加筆修正した『科学の最前線を切りひらく!』(ちくまプリマー新書)
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。
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