――健さんフィットとは?

いで「日本でバラクータを広めたのは高倉健さんだったので。僕が付けた呼び名ですが(笑い)」

石津「健さんが1980年代に大きめのバラクータを着ていて、上までジッパーを締めたの。結局大人の男の服ってサイズがちょっとだけ違う。パンツの裾が太かったり、細かったり。そのときどきの流行は微妙な違いだけ。アイテムは100年変わりませんよね」

コロナで見えてきた「装いのリアリティー」

――いでさんはVANや、アイビーブームの火付け役となった写真集『TAKE IVY』からどんな影響を受けましたか。

いで「ファッションはメンズクラブを見ていた兄と、VANが大好きな兄の友達に教えられました。その友達の部屋で『TAKE IVY』を見て、これはすげえなって驚きました。僕は静岡出身なんですけど、商店街にあったメンズクラブの特約店のメンズショップでトップサイダーみたいなデッキシューズを買ったのが初めてのVANでした」

――こちらはプリンストン大学のラグビージャージーです。

いで「10年くらい前にプリンストン大学に行った時に買いました。『TAKE IVY』とまったく変わらない風景が残っていて。写真の中の本屋もそのまま。ディズニーランドより楽しい、テーマパークみたいでした。ラグビージャージーなど生協では10万円も買い物をして、大学前のバーバーではクルーカットに髪を切ってもらいました」

プリンストン大学のラガーシャツ。中央はいであつしさんが好きなTAKE IVYのページ

石津「スクールカラーだもんね。さすが本物。僕が写真集の取材で訪れたときはプリンストン大学は最後に訪れた大学。アイビーリーグの中でもニューヨークから近かったから、ゆっくり遊びながら取材した感じ」

いで「周りがボートハウスとかシップスを着ていたときに、僕は大学のカレッジスエットを着なきゃ、と思って東海大学のロゴトレーナーを着ていました。それが自分たちの世代なんですよ」

「10年前に行ったプリンストン大学のキャンパスはTAKE IVYの写真と同じでした」と話すいであつしさん(左)と石津祥介さん

――コロナがいずれ終息した時、服装はどんなふうに変化するのでしょうか。

石津「真夏か、真冬か、どんな季節で終息するかがとても重要。そのときの季節と機能が合致したら、爆発するアイテムが出てくるかもしれません」

いで「コロナによってファッション雑誌の中身が変わってきました。ステイホームによって、カジュアルなアイテムが盛んに提案されるようになり、装いにリアリティーが出てきたのはいいことだと思います」

(聞き手はMen's Fashion編集長 松本和佳)

石津祥介
服飾評論家。1935年岡山市生まれ。明治大学文学部中退、桑沢デザイン研究所卒。婦人画報社「メンズクラブ」編集部を経て、60年ヴァンヂャケット入社、主に企画・宣伝部と役員兼務。石津事務所代表として、アパレルブランディングや、衣・食・住に伴う企画ディレクション業務を行う。VAN創業者、石津謙介氏の長男。

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