「トランプ話法」の残念レガシー リーダーのNGトーク

リーダーのしゃべりには、信頼や結束を引き出す働きが求められる(写真はイメージ) =PIXTA
リーダーのしゃべりには、信頼や結束を引き出す働きが求められる(写真はイメージ) =PIXTA

米国のトランプ政権が幕を閉じた。ドナルド・トランプ前大統領の声を聞く機会も減る。就任する前から物議を醸すことの多かった「トランプ節」だったが、反面教師的な学びどころは少なくない。記憶が薄れてしまう前に、しゃべりの面での「残念ポイント」をおさらいしておこう。

ビジネスの成功者という触れ込みで、政界に乗り込んできたトランプ氏だが、世のビジネスリーダーがまねすべきではないトーク手法が多かった。直近の新型コロナウイルス対策関連でいえば、「科学に基づかない」という態度は混乱を招いた。

科学的な知識に基づかない反知性主義の暴言・放言は枚挙にいとまがないが、極めつきでひどかったのは「消毒液」発言だろう。まだワクチン開発のめどが立っていなかった2020年4月に「消毒液のようなものを体内に注射できないだろうか? クリーニングのように」と述べた。

医師や専門家からは疑問の声が相次ぎ、危険な行為を試さないようにという呼びかけがメディアを通じて広まった。しかし、強い影響力を持つ者が医学の知識もないのに、思いつきで冗談めかして発言すべきではないのは明らかだ。日本でもあきれたようなトーンで報じられた。

ビジネスの現場でも「小トランプ」のような振る舞いを見かけがちだ。技術的な裏付けを伴わないで、「とにかく、早くやれ」と命じたり、人繰りを考慮せずに「試してみてくれよ。いいアイデアなんだから」と押し込んでみたり。医療や疫学とは異なるものの、ビジネスの下地にも「科学」はある。営業実績を記録したリポートだって、立派な科学的データだ。個人的な思いつきよりも、経営戦略の根拠としては重視されて当然だろう。

後になって「いや、ほんのジョークだったんだよ」と言い訳しやすい、冗談めかした語り口は小ずるい。責任を取る覚悟もなしに、聞こえないほど小さな声で「なんちゃって」と言い添えているかのようなこういった放言で部下を振り回す上司は珍しくない。ジャストアイデアで「消毒液」を飲まされる部下はたまったものではないだろう。乗せられた部下を見て、「あいつ、本気で受け取っちゃったの?」と逃げを打つリーダーは職場の「小トランプ」だ。

言葉と振る舞いが「負の相乗効果」を発揮した結果、「トランプ話法」がマイナスに作用する力をいっそう強めたケースも相次いだ。たとえば、マスク。トランプ氏は自らが感染するまでマスクを着けようとしなかった。それどころか早くからマスク着用を心がけていたバイデン米大統領に「弱虫」のイメージを押しつけた。

もともとマスクに慣れていない米国民の間に、マスクを遠ざける雰囲気が広がったのは、トランプ氏のせいだといっても差し支えないだろう。「アンチマスク」の誤りはすぐに明らかになった。しかし、トランプ氏は謝罪しなかった。「強い男」のイメージを守りたいという、彼の願望のために、米国民の健康が犠牲になった格好だ。

大統領選挙の時期だったことを思えば、強さを示したかった気持ちは分かる。無理もない。だが、優先順位が正しくない。自国民が日々、驚くべきペースで命を落としている状況にあって、イメージ戦略を優先させるのはリーダーにふさわしくない選択だ。

ビジネスシーンでリーダーはしばしば難しい選択を迫られる。意に染まない決定を、勤め先から押しつけられることだって起こり得る。だが、世の中のルールや常識に反して「会社の方針だから」と部下に危ない橋を渡らせるようではリーダー失格のそしりを免れない。部下や顧客よりも社内の体面を優先するようでは、トランプ氏をあざ笑う資格はないかもしれない。

判断ミスは仕方がない。リーダーにはつきものだ。無謬(むびゅう)のリーダーなんか存在しない。だからこそ、間違ったと気づいたら、率直に謝るべきだ。トランプ氏もマスク着用でミスを犯したが、すぐに態度を改めて、素直に謝罪すればよかった。しかし、しなかった。というか、在任中、ほとんど謝罪したことがなかった気がする。「謝ることができない」というのは、リーダーにとっては致命的な欠陥だろう。

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