真梨幸子 毒発散の超絶「イヤミス」、読者もすっきり
「私の"好物"を詰め込みました」――。好物とは「マルキ・ド・サド」と「呪術」と「タワーマンション」。デビュー15周年を迎えた真梨幸子の新作は「思いきったものを書いちゃえ」という決意から生まれた。目も当てられないような酷いことが次々に起こる、眉間にシワなしでは読めない超絶「イヤミス」(後味の悪くなるミステリー小説の略)である。
物語は女たちがねっとりと絡み合って、身の毛もよだつ真相へと突き進んでいく。だが、読後感はむしろすがすがしい。これこそが真梨ワールドなのである。
「こんなに嫌な話なのに『すっきりしました』『気分が晴れて活力が湧いてきました』なんて感想が(笑)。サウナの後の水風呂のような感じでしょうか。今回はいつにも増して毒を入れたので、かえって解毒効果があったのかもしれません。イヤミスというよりは、"デトックス"ミステリーですね」
なかでも、一人称で書かれる独白や告発文に盛られた毒の量がすごい。噂話、誹謗(ひぼう)中傷、嫉妬、マウント……あらゆる悪口が延々と、とうとうと語られていく。
「筆が乗るんです。役者になった気分で、なりきって書く。日々胸の中にたまっていく悪口を小説にしてはお金をもらってきたわけですから、幸せですよね(笑)。そういえば、テレビで見たのですが、悪口を言うのは健康にいいそうですよ。口汚い人はその都度デトックスしているから、血栓なんかもできないらしくて。だから私の小説が、読者の方にとって、現実の世界ではなかなか吐き出せない毒を発散できる場になっていればいいな、と」
作中にはこんなセリフがある。「――私、思うんです。"光"って、"闇"より恐ろしいって。"闇"は、人を隠してくれるけど、"光"は容赦なく、その人の存在を暴いてしまう――。」
「母が水商売をやっていたので、幼い頃から大人の世界を垣間見ることが多かったからか、正義の押し付けとか、勧善懲悪の物語にずっと違和感を持っていました。闇や影は悪とばかりに、すべてに明るい光を当てて、清潔でキレイな面ばかりを見せようとする。そんな今の世の中は、むしろディストピアに近づいているんじゃないかと危惧しています。1人の人の中には、善と悪が共存している。それは、小説家としての私のテーマでもあります」
デビュー後、長い間不遇をかこっていた真梨がブレークするきっかけが、11年の「殺人鬼フジコの衝動」の文庫化だった。東日本大震災後、世の中が人間の善を信じ「絆」という言葉でひとつになろうとしていた中で、反動のように、人間の醜さをあぶり出すイヤミスがブームになった。当時の雰囲気と、現在のコロナ禍社会は、どこか似ていると真梨は言う。
むっとするほど生々しく、残酷な物語に教訓を忍ばせて。これは、現代の童話でもある。
(「日経エンタテインメント!」1月号の記事を再構成 文/剣持亜弥 写真/鈴木芳果)
[日経MJ2021年1月22日付]
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