突発性難聴で入院 ストレスと向き合い気付いたこと

たまっているようでたまっていないものは貯金。たまっていないようでたまっているものはストレスである。

真面目な話、このコロナ禍で気付いてしまった私の真実。

好きだった講演やイベントの仕事がほとんどキャンセルになってしまった。収入の減少より、聴衆一人一人の目を見て話しかけた時に返ってくる笑顔や驚きや、時には「高木さんなにやってんのもー」みたいな、無意識で正直で生き生きとした表情に、もう1年近く会っていない。それが寂しい。リモートも試みたがまったく別物だった。

人と会うということは、相手が友人、他人に関わらず新鮮な空気を呼吸することと似ている感じがあると思う。二人、三人…と人数が増えることで空気が動き、より新鮮さが増していくような。

コロナはそれを妨げる。症状は無自覚なまま肺を攻撃するという巧妙なやり方で。これでは人前で安心して呼吸もできない。

でも我慢するしかないと諦めたつもりだったのだが。

実は昨年の11月に入院した。

突発性難聴だった。この病気はストレスが大きく関わるのだそう。自覚はなかったのだが、1日1時間の点滴治療で更に縛られることになり気付かされた。

医師をしている友人に報告すると、すぐにお見舞いメールが飛んできた。

自分も家と職場の往復生活では、気付きたくないものに気付いてしまったりする。医者なのにストレスコントロールが下手だなあと笑えます、と。明るく励まさない、少し哀愁を帯びたこのメールに、私は深く癒やされた。

そして、どうせ付き合わなければならないストレスならば、チラ見して通り過ぎずに、ちゃんと見てみようと胸の中の空気が動いた。

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