脳が痛みを記憶する ケガが治っても消えない不思議愛知医科大学 学際的痛みセンター長 牛田享宏(2)

ナショナルジオグラフィック日本版

愛知医科大学教授の牛田享宏さん。2018年にできたばかりの『慢性疼痛治療ガイドライン』では、厚労省のワーキンググループの研究代表者を務めた
文筆家・川端裕人氏がナショナル ジオグラフィック日本版サイトで連載中の人気コラム「『研究室』に行ってみた。」。今回は「慢性的な痛み」について愛知医科大学の牛田享宏・学際的痛みセンター長に聞くシリーズを転載します。長く続く体の痛みが、心理や社会ともつながっていることを知り、上手なつきあい方を身につけることは、次世代の「一般教養」になるかもしれません。

◇  ◇  ◇

痛みとは、感覚・情動体験である。

愛知医科大学・学際的痛みセンターの牛田享宏教授は、まずそのように教えてくれた。

今回はそこを出発点にしつつも、もう少し「痛み」にまつわる総論を聞いた上で、興味深い示唆を与えてくれる症例や関連する研究に進もう。

まずは、ゴリゴリのメカニズム論から。

「神経の末梢には、侵害受容器、つまり、痛みを起こす刺激、熱の刺激ですとか、機械刺激ですとか、化学物質による刺激などの受容器があります。そして、そこからのシグナルは、脊髄の後角(こうかく)というところから脊髄に入り、脊髄視床路(ししょうろ)というのをさくさく上がっていって、脳の視床に入っていくわけです。その中でも脳の外側に行くシグナルは感覚、つまり痛いという感覚にかかわり、内側に行くシグナルは、情動として痛みを経験することにつながっていくんです」

細かいことを考えるときりがないものの、ここでは神経伝達の段階からすでに感覚と情動にかかわるルートが特定されていることに注目しておきたい。

「痛みで苦しむ患者さんは、感覚よりも情動のほうで苦しんでいるのは間違いないんです。例えばある人に蹴られて痛いっていっても、蹴った人が好きな人であればうれしいということすらあるわけですから。その場合は、痛いって思っても、苦しんでないですよね」

そんなふうに牛田さんは、飄々とした口調で、またも含蓄深いことを述べるのだった。

なお、脊髄後角から脳に至るシグナルの伝達については、痛みを伝えるだけでなく、その抑制につながる仕組みも備わっている(「ゲートコントロール理論」や「下降性疼痛抑制システム」など)。大きな交通事故にあった人たちが、「その瞬間は痛くなかったが、あとになって痛みがひどくなった」というような体験を語るのをよく聞くけれど、生死に関係するような強烈な衝撃が加わったときに痛みを感じないというのは本当に不思議なことだ。しかし、痛み刺激の伝達は、脊髄でも脳でもかなり大きなコントロールを受けており、刺激の量と痛みの感覚・情動が単純に比例するわけではない。本当に奥深い。

それでは、実際に今、痛みを感じるとして、それにはどんな「種類」があるだろうか。

「今は、疼痛について、『侵害受容性疼痛』だとか『神経障害性疼痛』といったふうに分類することが多いです。これ自体、いろいろ齟齬(そご)はあるし、まだ喧々囂々(けんけんごうごう)としているような問題がたくさんあるんですけど、まず定義をつくらないと薬の開発もできないですしね。でも、その中でも、さきほど述べた、感覚・情動体験っていうのは一番の重要なところです」

「侵害受容性疼痛」と「神経障害性疼痛」というのは、字面はとてもいかめしい。

ただ、概念としてはそれほど難解なものではないと思う。

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