企業は個人のキャリア設計をどう支援すべきか
白河 企業へのアドバイスもいただきたいです。企業の人材戦略はどのように変わるべきでしょうか。
田中 プロティアン人材を育成できる体制を整えるべきです。社員一人ひとりのキャリアオーナーシップを促進できる体制へと。具体的に提案するとしたら「キャリア戦略会議」。経営会議を定期的に行うように、社員のキャリアを戦略的に考えるための会議を定期的に設ける。会社の短期的なKPI(数値目標)に合わせた達成目標ではなく、長期的な人生の充実を視野に入れたキャリアの方向性を社員それぞれが考え、プレゼンし合うような場づくりができるといいと思います。「今は親の介護で長時間働くことはできないが、ゆくゆくは海外赴任にもチャレンジしたい。そのために語学研修にも参加したい」というふうに、ライフも含めたキャリア設計を率直に語り合える機会が、組織の中でも増えていけば、心理的安全性も高まります。
白河 年齢の縛りもなくなっていくでしょうか。日本では「○歳までにこれくらいの経験を積まないとダメ」という年齢にひも付くキャリア観が根強くあって、それが多くの人のチャンスを狭めてきたように思うのです。特に女性はそのチャンスを育休や時短勤務で逃すと、昇進できなかったりするんです。
田中 本来、生物学的な年齢はキャリア形成に一切関係ないと私は考えています。大事なのはバイオロジカルエイジではなく「キャリアエイジ」。つまり、その人がどの局面でどういうキャリア資本をためてきたかを重視すべきです。一律の定年制も疑問です。60歳で引退する人、65歳でバリバリ働ける人、本人の自由選択であるほうが自然ですよね。異様なほど均一的だった日本の人事システムは、これから加速的に崩壊していくと予測します。
白河 今までは均一的な制度のほうが競争力は高いと、長らく信じられてきたのですよね。
田中 一括採用、新人研修、年功序列、その間に35年ローンで家を買わせて定年まで残ってもらう。そして終わりが来たら「はい、ありがとう」。それでうまくやってきた時代はたしかにありました。けれどグローバル化が進み、技術の進化も早くなった今の時代には、それではまったく通用しなくなった。歴史的な転換を迎えた今、キャリアの多様化に向けて思い切った施策が進んでほしいと切に願います。個人も組織も、いろいろなトライをして、失敗も成功も共有していければいい。「イノベーション」を提唱した経済学者、シュンペーターの言葉を借りるなら、今年は日本のキャリアにとって「創造的な破壊」の1年になるでしょう。
白河 女性をはじめ、全世代の背中を押す言葉をいただけました。ありがとうございました。
あとがき:田中先生の著書「プロティアン」は2019年に読みましたが、今回インタビューをお願いするにあたり、読み直してレジュメを作り、自分のフリーランス経歴のプロティアン診断をしました。転職や独立などの経験談を語る本は多いです。ただ、カリスマ起業家の本と同様、有用なヒントはあるもののなかなか自身に応用することはできません。なぜなら「あなたはその人ではない」からです。コロナによる変化に柔軟に対応するキャリアの羅針盤が読者にあった方がいい。そう考えて田中先生に「コロナ下のプロティアン」についてお聞きしました。女性にとってコロナ禍は危機ですが、キャリアの上で働き方の多様性が広がったことがチャンスにもなります。今は辛くても長期目線でキャリアとライフを考えるきっかけになればと思います。
(文:宮本恵理子、写真:吉村永)