法大田中教授「キャリアのオープン化で危機乗り切れ」田中研之輔法政大学キャリアデザイン学部教授(下)

田中研之輔教授(右)と白河桃子さん(左)
田中研之輔教授(右)と白河桃子さん(左)

新型コロナウイルス禍の環境下においてビジネスパーソンはそれぞれ、どのように仕事に向き合い、キャリアを積み重ねていけばいいのか。前回に引き続き、「プロティアン―70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本術」(日経BP)の著者、田中研之輔法政大学キャリアデザイン学部教授に聞いた。

前回の記事「田中法政大学教授『コロナ危機はキャリア形成の好機』」はこちら。

キャリアへの考え方は若い世代のほうが進歩的

白河桃子さん(以下敬称略) 経営層も若い層も変わろうとしているのに、中間層だけがなかなか変わろうとしないという指摘はずっとされてきましたね。

田中研之輔さん(以下敬称略) 日本企業の場合、そこそこベテランになって給料が高くなってからのチャレンジが減ってしまうんです。特に役職定年後は部下が減り、業務がルーティン化する。本当は経験豊富で能力も高いはずのミドルシニア層がチャレンジしなければ、仕事がつまらなくなるのは当然なんです。

白河 ファザーリング・ジャパン代表の安藤哲也さんがよく話す例に、「定年退職して暇になった男性が、地域のNPOにやってきて『何か手伝わせてほしい』と言う。『何ができますか?』と聞かれると『部長ができます』と答えた」という笑えない笑い話がありまして。でも、田中先生がおっしゃるように、本当はできることがたくさんあるはずなんですよね。

田中 たくさんあります。人事評価、仕組みづくり、戦略……なんらかのビジネス資本は必ずたまっている。自分にとっては「大したことない。普通だろう」と思っていることでも、一歩外に出れば希少な価値になる場合は多い。要はそれに気づいて、言語化できるか。55歳前後で迎える役職定年からの期間は、自分のビジネス資本を振り返る準備期間だと思ったほうがいいです。

白河 もっと早く、40代から始めてもいいくらいですね。逆に今の20代は、社会に出たときからこの感覚を持っているように感じるのですが。

田中 それは教育の違いなんです。実はキャリア論の認識には世代間断絶があって、文部科学省がキャリア教育をカリキュラムに入れた世代とそうでなかった世代で価値観にギャップが生じているのです。今の40代以上の世代は「キャリアなんて考えるな。時間の無駄だ」と言われてきた世代ですが、30代以下は大学の教養課程でキャリア論を履修してきた世代。若者のほうが進んでいるんです。

白河 なるほど。その違いを自覚しないといけませんね。ただ、決して悲観しなくてもいいのは、今からでも遅くないし、会社を辞めて独立するような思い切ったチャレンジをしなくても、キャリアのオーナーシップは取り戻せるということ。その理解でよろしいですか?

田中 おっしゃるとおりです。その点が僕がぜひ伝えたいポイントです。会社の中にとどまったままでも、より心理的幸福を感じながらキャリア資本をためることはできる。自分のスキルに見合ったチャレンジを続けていくことが重要です。

白河 一方で、このコロナ禍では業界ごとダメになってしまう例も続発しました。「これまで一生懸命ためてきた知識や技能が無駄になるかもしれない」と不安になっている人にはなんとおっしゃいますか。

田中 ビジネス資本が劣化することはありません。例えば、全日本空輸の客室乗務員(CA)がノジマに出向社員として派遣されるという事例が実際に起きました。僕のゼミの卒業生がまさにその対象になったわけですが、「ぜひ行ってきなさい」と助言しました。「私はCAになりたくて努力してなったのに、家電量販店の仕事をするなんて負けだ」と思うのではなく、「会社公認でキャリア資本をためるチャンスだ」と考えてほしい。ここで休業手当をもらいながら何もしないで何カ月も過ごすのと、異業種で新たなスキルを身につけるのでは、大きな差が生まれます。「通用しないかもしれない」という心配をすることもありません。ビジネス上の基本的なコミュニケーションは、どこに行っても同じです。

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企業の生き残り戦略は、個人にとってはチャンス