なぜ「痛み」は存在? 感覚だけではない体験の深淵愛知医科大学 学際的痛みセンター長 牛田享宏(1)

ナショナルジオグラフィック日本版

愛知医科大学体育館・運動療育センター。学際的痛みセンターもこの中にある
文筆家・川端裕人氏がナショナル ジオグラフィック日本版サイトで連載中の人気コラム「『研究室』に行ってみた。」。今回は「慢性的な痛み」について愛知医科大学の牛田享宏・学際的痛みセンター長に聞くシリーズを転載します。長く続く体の痛みが、心理や社会ともつながっていることを知り、上手なつきあい方を身につけることは、次世代の「一般教養」になるかもしれません。

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3カ月以上の慢性痛をもつ人は、日本に2000万人以上いるという。多くは腰痛や四十肩などだが、なかには日常生活に困るまでこじらせてしまう人もいる。実はとても不思議な「痛み」とその治療について教わりに、『慢性疼痛(とうつう)治療ガイドライン』の研究代表者も務めた名医、牛田享宏先生の研究室に行ってみた!(文 川端裕人、写真 内海裕之)

まったくもって個人的な話だが、この5年ほど、親指付け根の関節痛に悩んでいる。

きっかけはささいなことだ。キャッチボールで変化球をいろいろ投げて曲がり具合を楽しんでいたところ、親指付け根がピキッとなるような感覚があり、軽く痛んだ。1週間もすれば治るだろうと思っていたのだが、残念なことに、以降、ずっと痛い。

激痛ではないものの、お箸をうまく使えなくなったり、缶詰やペットボトルの蓋を開けるときの「ねじる」動作が辛かったり、生活上の不都合も多少はある。「手の外科」という専門医を訪ねて、注射を打ったり、装具をつけて「鍛える」治療を試みたりしたものの、一向によくなる気配はなく、2年ほど通って、諦めた。そうこうするうちに、ジャワ島の田園地帯にて乾季の水田の凹凸に足を取られて捻挫をして、そこも痛みが慢性化した。ふとまわりを見渡しても、年齢とともに慢性的な痛みを抱える人が増えていくようだ。

しかし、あるときふと疑問に思った。

なぜ、痛いんだ? と。

素朴な考えで言うと、痛みというのは警報のようなものだ。たとえば、鋭利なものをうっかり触れてしまったとしたら、痛みがあるからこそあわてて手を離し、大きな怪我を防ぐことができる。あるいは、喉が痛ければ風邪かもしれないし、胃痛なら、食べすぎや、食あたりや、あるいは何かもっと危険な病気の兆候かもしれない。病院に行ったほうがいい。

こういった痛みは、それ自体不快であることはなはだしいが、ぼくたちの生存上、大切な身体の情報を伝えてくれる必要不可欠なものだ。

でも、慢性的な痛みは、どうだろう。

治るわけでもなく、悪くなるわけでもなく、ただずっと痛いという場合もあるわけで、痛みが持っているはずの本来の「警告機能」が機能していないこともあるように思う。そんな場合は、本当に何のために痛いのだろう。

にもかかわらず、今、日本で「3カ月以上の慢性疼痛」を持っている人は実に2000万人以上と推定されている(日本における慢性疼痛保有者の実態調査 : Pain in Japan 2010より A Nationwide Survey of Chronic Pain Sufferers in Japan)。

まったくもって厄介だ。個人としても、社会としても。

日本の慢性疼痛医療をけん引する医師の1人、愛知医科大学の牛田享宏教授

そんな訳の分からなさを感じていたところ、日本の疼痛(とうつう)医療の拠点の一つとされている愛知医科大学・学際的痛みセンターの牛田享宏教授と話す機会を得た。牛田教授は、大学病院で臨床の現場を持ちつつ、研究者でもある。2018年にできたばかりの『慢性疼痛治療ガイドライン』では、厚生労働省の作成ワーキンググループの研究代表者をつとめた人物だ。

名古屋駅から地下鉄東山線に乗って藤が丘駅へ。そして、バスで15分ほどの距離に、愛知医科大学病院はある。診療科や病室が入っている中央棟をつっきった先の建物には、「体育館・運動療育センター」という名前が掲げてあった。市民も利用できる体育館やスイミングプールがある建物で、さらにその奥にある居室にてお話を伺った。

「どうぞ、どうぞ」と招き入れてくれた牛田さんは、白衣姿で、にこにこ愛想よく、人あしらいのうまい町のお医者さん、というふうな雰囲気だった。

まずは、今、慢性の痛み、つまり慢性疼痛がどんなふうに問題になっているのか聞いた。治療ガイドラインができるなど、注目が集まっているのは間違いなく、その背景にはどんなことがあるのだろうか、と。

「まあ、人口の20パーセント、2000万人以上という数字は、よくある運動器、つまり、腰や肩、膝など全般的な痛みなどに加えて、頭痛まですべて入ったものです。これが運動器に限れば16パーセントくらい、その中で、厄介な難治性の慢性疼痛は、人口の1パーセントから数パーセントくらいまでだろうと思っています。僕たちのところには、数パーセントの、なかなか治らない患者さんたちが来ています」

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