日経ナショナル ジオグラフィック社

5世紀から7世紀にかけてティンタジェルに作られた構造物の遺跡を発掘する考古学者たち(PHOTOGRAPH BY EMILY WHITFIELD-WICKS)

アーサー王、現実と伝説

「歴史家が信じるか信じないかにかかわらず、中世の人々はほぼ全員が史実としてのアーサー王の存在を信じていました。その神話には、大きな可能性が潜んでいます」とスナイダー氏は説明する。

 アーサー王とティンタジェルを関連付ける言説は、12世紀にはすでに広く流布していた。きっかけは、ジェフリー・オブ・モンマスが著作『ブリタニア列王史』にアーサーとその功績について記したことだった。

 ジェフリーによると、アーサーの母親はティンタジェルの地で彼をみごもった。ブリタニア王である父親のユーサー・ペンドラゴンが、魔術師マーリンの助けを借りて地元の支配者に変装し、支配者の妻と床を共にしたのだ。

 それから1世紀ほど後に、イングランド王ヘンリー3世の弟であるコーンウォール伯リチャードがティンタジェルに城を建てたが、これは自分たちとアーサー王家との由緒を強固なものとするためであったと考えられる。14世紀には、イングランドの王たちは、この伝説をあたりまえのように重要なものとして扱うようになっており、円卓のレプリカを作り、アーサー王伝説の催しを行い、アーサー王ゆかりの勲章を創設した。この勲章は、今日に至るまで英国王室によって授与されている。

 さらには、この伝説の王の名前も、現代の王家の人々の名前に取り入れられている(チャールズ皇太子の正式な名前はチャールズ・フィリップ・アーサー・ジョージ、またその息子ウィリアム王子の正式な名前はウィリアム・アーサー・フィリップ・ルイ)。ただし英国王室はこれまで、積極的に家系図に新たなアーサーを加えてきたわけではなかったという。

 スナイダー氏は「アーサーという名の王子は、その大半が若くして悲劇的な死を遂げています。アーサーという名前は、あまり縁起が良いと考えられていません」と教えてくれた。

(文 KRISTIN ROMEY、訳 北村京子、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2021年1月11日付]

ナショジオメルマガ