日経ナショナル ジオグラフィック社

国民議会はこの提案に賛同し、コンドルセ率いる科学アカデミーに新しい基本単位を定めるための委員会を設置させた。1790年、共和政府は「一つの法、一つの重量、一つの度量」をフランス国民に約束したものの、承認までには10年、普及までにはさらに長い時間がかかった。

新しく定められたメートル法を用いるフランスの一般市民。1795年の版画。パリのカルナヴァレ美術館所蔵(BRIDGEMAN/ACI)

10進法による計測法

サヴァンたちは、長さ、質量、体積などの単位はすべて、互いに関連付けられているべきだとして合意に至った。それぞれ、10進法で割ったりかけたりすることが可能なものにしようと決まった。

こうした考え自体は何も新しいものではなかった。10進法を基本とするシステムは、すでに古代ローマ、インド、アラブにおいて用いられてきた。14世紀以降、経済や技術の発展によって定量化の重要性が増し、フランドルの数学者シモン・ステヴィンが提唱した10進法による小数も採用されていた。普遍的な計測法という考えもまた、目新しいものではなかった。1668年に英国のジョン・ウィルキンズが、地球の円周を元に長さの基準を定めることを提案していたのだ。

委員会は、距離における最も基本的な単位を「メートル」(ギリシャ語で「計測する」を意味する「メトロン」から)と定めた。1790年、国民議会とルイ16世は新しい単位系を創設することを決議した。

長さ1メートル、どうやって決めた?

メートルの長さを決めるという難業は、優秀な科学者集団の手に委ねられた。ジャン=シャルル・ド・ボルダ、ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ、ガスパール・モンジュ、ピエール=シモン・ラプラス、そしてコンドルセ侯爵だ。

彼らが議論した結果、100年前にウィルキンズが提案した考えが採用されることとなった。1メートルは、北極から赤道までの距離の1000万分の1とする。この距離は、フランス北部沿岸のダンケルクからパリを経由して、地中海に面するスペインのバルセロナまでを通る子午線弧から算出されることとなった。ボルダが発明した反復円儀(リピーティング・サークル)という機械によって、従来の四分儀よりも正確な測量が可能となっていたことも大きかった。

1792年、天文学者のジャン=バティスト・ドランブルとピエール・メシャンが、子午線弧の長さの計測に取り掛かった。化学者のアントワーヌ・ラヴォアジエはこの仕事について、「人間が負ってきた任務の中で史上最も重要なもの」と表現している。幾年もの後、計算はようやく完成した(近年の人工衛星観測からは値が正確でないことがわかっているが、大きく外れていたわけではない)。

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新基準が定着するまでの長い道のり
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