デジタル政府は進むか 政策の満足度を「見える化」
国や自治体のデジタル化推進を目指し、2021年9月にデジタル庁が発足します。行政のデジタル化はなぜ後れを取ったのか。そしてデジタル政府はどこに向かうのでしょうか。
政府は20年末、デジタル社会に向けた基本方針と実行計画を決めました。「一人ひとりのニーズに合ったサービスを選ぶことができ、多様な幸せが実現できる社会」を目標に掲げ、デジタル庁主導で利用者本位のシステムにするとしています。
具体的な方針の一つは、まずマイナンバーカードの使い勝手をよくすることです。パスワードをいくつも覚えたり、更新の都度、役所に出向いたりするといった面倒な手続きをなくし、用途を健康保険証や運転免許など様々な分野に広げます。
第2に自治体のシステム統一です。自治体はそれぞれの都合でカスタマイズ(設定変更)しており、似たシステムでも細かな仕様はバラバラです。
富士通総研の石塚康成主席研究員によると、例えば、固定資産税の算定方式が異なる市が合併する際、どちらに統一するか決められず、合併後も2つのロジックを使っているところもあるようです。また人事の辞令について内部文書にもかかわらず、役職の表記や順番などにこだわる自治体もあります。
法改正などがあると、カスタマイズ部分は個別に対応するため割高になります。石塚さんは「本来なくてもよいカスタマイズ8割、住民のためになる良いカスタマイズ2割」とみており、これらの整理が課題です。
第3はデータの活用です。千葉市は一人ひとりに合ったサービスの通知を始めます。児童扶養手当や予防接種、がん検診の案内などです。日本は申請主義が原則ですが、支援が必要な人ほど制度を知らないことが多いようです。社会保障から漏れるのを防げれば、格差の緩和につながるかもしれません。
さらに進めば、住民が政策にどれだけ満足しているか、見える化できるようにもなります。
人が幸せを感じるときの体の動きをデータで分析している日立製作所の矢野和男フェローは「首相が何かを発言したことで人々の幸せ度がどう変化したか、リアルタイムで見える化できる。ふるさと納税の多い地域と少ない地域で人々の幸せ度がどう違うか、といった比較もできるだろう」と話します。
すでに「スマートシティー構想」などを進める自治体から相談があるそうです。地域ごとに「この地域の人々はこうした政策への満足度が高い」とデータで示すことができれば、次の政策立案に生かし、よりよい行政サービスにつなげることができるでしょう。
矢野和男・日立製作所フェロー「予測できない時代、テクノロジーでもっと心を豊かに」
データに基づく幸せ度に詳しいハピネスプラネット(東京・国分寺)最高経営責任者(CEO)で、日立製作所フェローの矢野和男さんに聞きました。
――政府はデジタル社会の基本方針で「一人ひとりのニーズに合ったサービスを選ぶことができ、多様な幸せが実現できる社会」を目指すとしています。幸せ度はどう生かせますか。
「あるべき地域や職場はどんなものか、人に関するデータでリアルタイムに定量化することができます。お金の面では、利益や国内総生産(GDP)などの経済指標で定量化していますが、人の心については関心が持たれてきませんでした。利益やGDPは人が生み出しており、相互に関係しています」
――人のデータはどのように測りますか。
「体の動きの中には、その人が意識していない、幸せを見いだす数値が隠れています。これをスマートフォンの加速度センサーで測定します。無意識の体の動きには客観性があります」
「具体的にはスマホにアプリを入れて、10秒ごとに体が止まっているか、動いているかを測定し、0か1かで記録します。0か1が1分間で6個、3時間で1000個のシークエンス(連続した並び)としてデータ化されます。これはその人の行動のDNAを時系列に並べたようなものです。我々はシークエンスの特徴に、幸せな人たちに特徴的なパターンや、逆に不幸せな集団に特徴的なパターンがあることを見つけ、『ハピネス関係度』と名付けました」
――地域や組織など総体としての幸せ度を測るのですか。
「そこが大事なところです。一人ひとりの幸せ度に関する研究は心理学や経営学にもありますが、その限界は『良い幸せ』と『悪い幸せ』を区別できないことです。悪い幸せの典型は、周りにパワハラをして自分だけ幸せになっている状態です。これを排除するため、だれとだれがつながっているかの情報をとり、つながっている人の幸せ度を合わせて測定することで、集団としての幸せ度が増えているパターンを見いだしました」
――国や自治体の政策に人々がどの程度、満足しているか、効果を測定できますか。
「対象となる地域の人のスマホにアプリを入れてもらえば、例えば、首相が何か発言したときに、人々の幸せ度がどう変化したかをリアルタイムで見える化できます。ふるさと納税の多い地域と少ない地域で人々の幸せ度がどう違うか、といった比較もできるでしょう。スマートシティー構想などを検討している自治体から検討したいと問い合わせが来ています」
――行政もコロナ後の不確実な時代に備えなければなりません。データをどう生かすべきですか。
「これまでのデータ解析や人工知能(AI)の活用では、過去のデータでうまくいったパターンを繰り返し、うまくいかなかったパターンをやらないようにしてきました。しかし、予測不可能な時代に、コロナ前のデータでうまくいったパターンを繰り返しても役に立ちません」
「状況が変化する中では、データの使い方を変えなければいけません。データは過去の延長線上がどこにあるかという予測は教えてくれます。しかし、現実は必ずそれとズレが生じる。ズレが生じるということはアラートが出ているということです。そこで何が起きているかを探るため、行動を起こす必要があります。データはどこに優先度を置いて行動すべきかを判断するレーダーにすべきで、それを繰り返すサイクルを回すことが重要です。従来の計画に基づくPDCAサイルとは全く違う発想が必要です」
――行政では計画に基づくPDCAサイクルが奨励され、政策を標準化して横展開するのが常道です。カナダのトロントで米グーグルのスマートシティー構想が住民の反対で頓挫したように、住民にはデータ収集に拒否感もあります。
「行政組織や市民の側のリテラシーを高めていく必要があります。新しいことに抵抗のある人はいるでしょう。大きな目的をきちんと説明することが重要です。1回で正解に至るものではなく、実験と学習を繰り返すことを当たり前にしていく必要があります」
――データの活用で幸せ度が上がるようになれば、格差による社会の分断を緩和することにつながるかもしれません。
「資本主義では、企業経営者が利益以外のことを考えず、利益の最大化のためには不幸な人を生み出してもよいというところまで来てしまいました。しかし、コロナ禍をきっかけに見直しの議論が起きています。モノを豊かにすれば人は幸せになるのか、という根本的な議論です」
「資本主義は人の心や人の幸せに本気で向き合うことをおろそかにしてきました。人と共感を作れるか、生きがいを感じて自己実現できるか、人のために役に立っているか、という人類のDNAに組み込まれているものです。それは従来、宗教がカバーしていましたが、テクノロジーも届くようになってきました。ハピネス関係度は人種や民族を問わず、人類に共通する指標で、各国の関心は高い。テクノロジーでもっと心を豊かにする時期に来ています」
(編集委員 斉藤徹弥)
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