創りながら、安倍君も大貫さんも僕も、ロマンチストなんだと思いました。多少の恥ずかしさもありながら、おじさんたちが集まってロマンチックな夢のお話を作ったという感じ(笑)。ただロマンチックなだけじゃなくて、今につながる要素もあります。また緊急事態宣言が出て、自由に行き来ができなかったり、外に出られないという状況と、オルゴールの中にいて外に出られないというシチュエーションが重なるし、音楽を奏で続けるという使命も、自分たちがやっていることとリンクしてきます。今の状況下で生きる人たちにとって、多少なりとも慰めになればうれしいです。
ゲストの咲妃さんとは、昨年『シャボン玉とんだ 宇宙(ソラ)までとんだ』で共演しました。情感豊かですてきな女優さんです。出会いと別れを表現するのに、相手がいてくれた方が話が膨らむので出演をお願いしました。初めてのことだし、稽古もそれほどできないので不安もあるでしょうけど、「楽しみです」と言ってくれて、ありがたい限りです。
音楽は、大貫さんが初めてミュージカルの曲を作ってくれました。年末年始にずっと作詞の安倍君とやりとりして頑張ってくれて、どれも素晴らしい曲です。大貫さんは基本的に伴奏者とアレンジャーなので、曲はそれほど作ったことがないのですが、シャンソンをよく伴奏するし、ミュージカルの曲も一緒にたくさんやってくれているので、そこから得たものがあるのでしょう。大貫さんの曲の特徴は、ピアノでメロディーを作るので音符がたくさんあって、音が飛ぶときも多いし、僕の音域の上下も知っていて、それをマックスで使うから音域が広い。歌うのがすごく難しくて、体力がいります。最初に作った『幸せのピース』がまさにそうでした。そこから何曲か作って、今回はまた新しい変化というか、進化を感じました。すごくシンプルな曲や、メロディーの高低もミュージカルとしての感情に寄り添っていたりと、いろんなバリエーションを見せてくれていて、美しいメロディーラインがたくさんあります。ミュージカルのいいところは、物語の中でそのメロディーが出てくるので、より感動的になること。通して演じるなかで歌うのが、とても楽しみです。
作・演出・作詞の安倍君は、とにかく書くのが早い。こういう物語を作りたいというエネルギーにあふれています。野田秀樹さんやKERA(ケラリーノ・サンドロヴィッチ)さんといった、彼が見てきた演劇の作家の影響なのか、言葉遊びをしたり、笑いを入れたりするのが好きです。すごく笑えるところがたくさんあるし、韻を踏んだりして日本語を生かす作り方を意識的に取り入れています。おとぎ話のような、国や時代を限定しない世界観も特徴で、その中で普遍的な話を書くというスタイルではないでしょうか。「ぼるぼっちょ」という自分の劇団名も造語らしいし、劇団のお芝居では役名も聞いたことがないようなものにしたりします。今回はもう少し具体的に、人の名前と分かるものにしようとか、国や時代は分からなくてもいいけど、ヨーロッパのどこかだよね、とか話しながら決めていきました。架空と現実のバランスが、ちょうどいい案配になったように思います。
すぐ隣で起こっている話と感じてもらえるように
配信だけのミュージカルは初めてなので、実際やってみないと分からないところもあるのですが、演技も劇場とは違ってくるのかなと考えています。何台かのカメラで撮ってもらうので、演技のサイズ感はドラマや映画といった映像と一緒。大劇場でやるような声量や大きなアクションは必要ないし、かといってドラマのサイズで歌ったり踊ったりというのも僕はしたことがない。その中間地点、演劇的な表現のよさを残しつつ、パソコンの画面で見てもくどくない演技になりそうです。配信だけを想定しているので、カット割りやカメラワークを含めて、劇場ではないところでやるミュージカルのよさを探ってみたい。広い空間で大きく演じているのではなく、すぐ隣で、それこそ自分が持っているオルゴールの中で起こっている話かというくらい近しい感じが出せたらいいですね。
今後はこういう配信ミュージカルが増える可能性もあるし、とにかく1回経験してみるのは大事なこと。なによりオリジナル配信ミュージカルという新しい経験ができることは純粋にワクワクします。どんなものになるか、みなさんもお楽しみに。

(日経BP/2700円・税別)

「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。第86回は2021年2月6日(土)の予定です。