極秘の地下基地 疑心暗鬼が蔓延した冷戦時代の建造物
謎に満ちた世界の秘密都市
秘境の宗教都市、旧ソ連の軍事都市、米軍の秘密基地、巨大な核シェルター、極北の地下倉庫……。書籍『ビジュアルストーリー 世界の秘密都市』(日経ナショナル ジオグラフィック刊)から、地図には載らない世界の秘密都市を写真とともに紹介しよう。今回は、地図に載らない地下基地だ。
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近代戦では、「隠す」と「見つけだす」という技術が重要な要素になっているが、地下シェルターを必要としているのは人間ばかりでない。応戦するためには、兵器も安全な所へ隠しておかなければならないのだ。
ジェリャヴァ地下空軍基地
チトー元帥はもうこの世にはいないが、彼の政治に対する志は旧ユーゴスラビア諸国に点在する巨大で前衛的なモニュメントに見て取れる。それらは、第2次世界大戦時、ナチスのバルカン半島侵攻・制圧によって出た多数の犠牲者と反ナチのパルチザンを追悼して建てられたものだ。
そしてさらに注目すべきは、数多く残る秘密の軍事施設だ。例えば、現在のコソボのプリシュティナ国際空港近くにあるスラティナ地下空軍基地や、ボスニア・ヘルツェゴヴィナのビハチ近くにあるジェリャヴァ地下空軍基地などである。
中でも最大のジェリャヴァの地下空軍基地「Objekat505」は、今でこそ崩れかけてはいるが、当時は軍事基地ネットワークの中心であり、社会主義共和国の長距離・早期警戒レーダーシステムの中枢としての役割を果たしていた。
ジェリャヴァの空軍基地はソ連の戦闘機「ミグ21」を運用する2つの飛行隊の本拠地であり、4つの入り口はすべて山腹に隠されている。戦闘機はいつでも迅速に発進することができ、帰還してしまえば人目に触れることはない。1957年から完成までに8年かかり、20キロトンの核爆弾の直撃を受けても耐えられるほど頑丈につくられていた。収容人数は1000人までで、密閉された状態で30日間暮らせるだけの食料も備蓄してあった。
1990年代にボスニア紛争が勃発し、セルビア人勢力が基地から撤退する際に一部が破壊された。現在は人けもなく荒れ放題である。周囲には、紛争の間に埋められたたくさんの地雷がそのままになっている。
アルプス山脈のトンネル滑走路
チトーのユーゴスラビアと同様に、スイスは冷戦時代にも非同盟の立場を貫いた。1990年中ごろからは平和維持の観点から北大西洋条約機構(NATO)に協力してきたが、加盟してはいない。ただ、大戦が終結したばかりの頃、超大国が孤立しているという状態が、様々な危機をはらんでいるということは、スイスにも十分わかっていた。
そこで1947年以来、山岳地帯という地形を生かした防衛力の強化に取り組んできた。1950年代半ばまでに、スイス中央部や南部の山々に横穴が設けられ、スイス空軍機は、そこに隠された格納庫から出動するようになっていた。何年もかけて横穴が拡張される一方、高速道路網も整備された。その中には、滑走路としても使用できるようにつくられた道路もあった。
例えば、アルプナハ飛行場では、2キロメートルの専用の滑走路に加え、いざというときには、隣接したA8高速道路も軍用機の滑走路として使用することができる。アルプナハには横穴もあるが、もう使われていない。アルプナハのような横穴滑走路を持ち、現在でも運用しているのはマイリンゲンの飛行場だけだ。山中に掘られた1キロメートルのトンネルの中に、F-18戦闘機の飛行隊がいつでも出動できる状態で待機している。
ムスコ地下海軍基地
スウェーデンのムスコ地下海軍基地は、かつてはトップシークレットの軍事施設だった。ストックホルムから南へ50キロメートルほど下ったところでメインハイウェイを降り、3キロメートルの緩い下り坂のトンネルに入る。トンネルはバルティック海の下をくぐり、坂を上るとムスコにたどり着く。ストックホルム群島の3万ある島の中の一つで、何百年もの間、海軍基地があった場所だ。
20世紀半ばはイデオロギーの対立から生まれる不信感に満ちた時代だった。それは、第2次世界大戦のさなかに中立の姿勢を崩さず、NATOへ加盟することを拒み、非同盟政策を推し進めてきたスウェーデンにとっても、同じだった。
世界中が疑心暗鬼に陥っていた時代、スウェーデンがこの美しい島に、核爆弾の直撃でもなければ壊れないほど堅牢(けんろう)な海軍施設を、極秘で建造していたのも無理はない。島の奥深くの基地と海をつなぐ長さ140~350メートルのトンネルを4本掘るのに150万トンもの岩石を運び出さなければならず、完成までに約20年かかった。
トンネルは、駆逐艦までの大きさであれば潜水艦や軍艦でも十分に収容でき、地下基地全体の広さは数平方キロメートルに及んだ。800人の兵士が生活できるだけの設備を備えていたが、そのうちに雪解けの時期を迎え、1991年に冷戦が終結。2004年から基地は、一部を残して閉鎖されている。
(文 編集部、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 2020年12月6日付の記事を再構成]
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