菅義偉首相の失敗ポイント

さて、ひるがえって我が国のリーダーに目を向けると、コロナ禍に関する発言は、どうも共感も称賛も得ていないようにみえる。少なくともメルケル、アーダーン両首相ほどには、我らが菅義偉首相の声は響いていないようだ。しゃべっている中身の問題が大きいのは当然だが、あえてそこには目をつぶって、今回のテーマである「声の感情」に着目する。菅首相に関していえば、多くの演説で感情は押し殺されているように感じる。

原因の一つには、必ずしもすべてを自分で書いたのではない原稿を読んでいる点が挙げられるだろう。前任者の安倍晋三氏も、原稿を読む格好の演説が多かった。官僚やスピーチライターが主な部分を用意した原稿を読む場合は、どうしても棒読み口調になりやすい。つつがない国会運営を目指すような、「安全運転」を最優先したときには、それもしかたのないことかもしれない。

だが、今は平時ではない。ウイルスとの闘いという意味でいえば、十分に「戦時下」だ。過去に例のないほど大規模な外出自粛や営業時間短縮などを国民に求めている。感染拡大の阻止には、国民の協力が必須だ。そうであるならば、棒読みの出番ではあるまい。

声に「熱」が欲しい。医療の専門家ではなく、リーダー本人の「私は」が聞きたい。東ドイツの科学者だった自分の人生を重ね合わせて、啓蒙や科学の有用性を説いたメルケル首相のように、自らの人生哲学に根差した持論であれば、自然と声に体温が宿るはずだ。国民の命を守りたいと願うアーダーン首相の思いは、ニュージーランド国民を団結に導いた。

リーダーは常に冷静であるべきだといわれる。そうだろう。だが、冷静と冷淡は全くの別物だ。大勢の尊い命が日々、失われていくこの状況下で、冷淡なリーダーは事態をさらに悪化させかねない。先の見えない不安に押しつぶされそうな国民を、ヒューマンな言葉で元気づけるのがリーダーの望ましい「声出し」のはずだ。

ビジネスのリーダーにも努めて冷静な声出しを心がけている人が少なくない。パワーハラスメントと誤解されかねないエモーショナルな声は控えるのが当たり前だ。しかし、トーンを抑えた発語ばかりを続けていると、声の情感が薄れてしまい、いざという状況でも、人の気持ちを動かすような声を出しにくくなってしまう。声は急には出せないものだ。日ごろから声のレパートリーを増やすように心がけておかないと、いきなり声にパッションを込めるのは難しい。

声のほかに、表情や身ぶりでも感情を伝えられる。しかし、こちらも急には体がついてこない。プロの俳優だって、泣く稽古をする。素人ならなおさら準備が必要になる。いきなりは無理だから、日ごろの報告や発表の際に、ちょっと手の動きを加えるあたりから始めて、徐々にアクションの量を増やしてみよう。しゃべりながら手や顔を動かすのは、最初のうちは意外と難しいものだ。でも、慣れてくれば、徐々にぎこちなさが薄れていく。

訓練を重ねて、声や身ぶりの選択肢を広げておくのは、意味のある準備だ。しかし、もっと大事なのは、自然と熱のこもった語り口になるような、自分なりの「大義」や、譲れないポリシーを持つことだろう。情勢分析や利害調整が上手になりすぎて、すべてを「落としどころ」に導くような思考に慣れてしまうと、「私の考え」がいつしかぼやけてしまいがちだ。職場での提案でも、たまには本気のアイデアを忍び込ませる機会を、意識的に作ってみてはどうだろう。本当にやってみたいことを見付けるきっかけになるかもしれない。

※「 梶原しげるの「しゃべりテク」」は毎月第2、4水曜掲載です。


梶原しげる
1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーに。92年からフリー。司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員。著書に「すべらない敬語」「まずは『ドジな話』をしなさい」など。

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