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「勇気があれば自分と未来は変えられる」オールジャパン・ビキニフィットネス選手権大会5年連続チャンピオン オーストラリア・ニュージーランド銀行勤務 安井友梨さん

2021/1/12

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2006年に大学卒業後、大手証券会社を経て、オーストラリア・ニュージーランド銀行に入行。社内トップクラスの営業成績を誇り、現在は同行シニアリレーションシップマネジャーを務める。ビキニフィットネスアスリートとしても活躍し、オールジャパン・ビキニフィットネス選手権大会で5年連続チャンピオンとなっているほか、2019年にはアジア選手権で総合優勝を果たした。
2006年に大学卒業後、大手証券会社を経て、オーストラリア・ニュージーランド銀行に入行。社内トップクラスの営業成績を誇り、現在は同行シニアリレーションシップマネジャーを務める。ビキニフィットネスアスリートとしても活躍し、オールジャパン・ビキニフィットネス選手権大会で5年連続チャンピオンとなっているほか、2019年にはアジア選手権で総合優勝を果たした。

日本経済新聞社(東京・千代田)と女性向け動画配信のC Channel(Cチャンネル、東京・港)が立ち上げた働く女性を応援するメディア「newme」。金融や政治、教育など各分野のプロフェッショナルをゲストに招き、従来の概念にとらわれない生き方を選ぶために必要な情報を提供していきます。今回はオールジャパン・ビキニフィットネス選手権大会5年連続チャンピオンでオーストラリア・ニュージーランド銀行勤務の安井友梨さんに、ビキニフィットネスを始めたきっかけや一歩踏み出す勇気の大切さについて聞きました。

日本一を目指して駆けずり回った営業時代

――これまでどのようなキャリアを歩んできたのかを教えてください

「私は名古屋生まれ名古屋育ちで、名古屋の女子大学を卒業し、名古屋に支店のある日本の証券会社の営業をサポートする事務職として採用されました。同じ支店の同期には日本一の証券マンがいて、その男性社員は入社すぐに頭角を現しました。ずっと横目に見ていいないいなと思いながら過ごすなかで、男性ばかりの営業職でしたが会社に直談判をして、当時日本でも少ない女性の総合職に転向することが決まりました」

「もともとは営業向きな性格では全くなく、人の目を見て話すことができませんでした。例えばその証券会社では新聞の読み合わせが毎日あるのですが、自分が担当になる日には、前日から震えが止まらず、当日読むだけなのに冷や汗たらたらになるほど人前に出たりするのがすごく苦手でした。もう本当に身の程知らずの過大な目標として『営業成績1位』みたいなことを言って駆けずり回った営業時代でしたが、それでも夢破れて3年あまりで退職することになりました」

「感謝の気持ちは無限大」

――転職後の現在も金融の営業を続けているのはなぜですか?

「何も次の目星を付けずに辞めたので、営業と金融以外の全て受けようと10社くらい、1カ月くらい動いていたのですが、見事に全部不採用でした。ちょうどそのころ、学生時代にオーストラリアへ留学していたときのホストファミリーが泊まりに来ていて、ANZ(オーストラリア・ニュージーランド銀行)が名古屋に新規出店するとのことで何か縁があると。しかも営業ではない事務職で、もしかしたらできるかもと淡い期待で受けに入ったところ採用していただいたきました。ただ社内の急な配置転換があり、そこでまた営業に戻ることになりました」

――避けていた営業を現在も続けられる理由は何ですか?

「金融業と営業職のどちらにも完全に自信を失っていたんですけれども、このままだとすごくトラウマが残り、ずっと人生で引きずってしまうかもしれないと感じていました。『毒は毒を制す』のようにこれがラストチャンスだと思って、自分の中で切り替えていこうと思いました。面接も担当した上司に思いを伝えたところ『大丈夫、一緒にやっていきましょう』ということで、どこも受かっていなかった私を拾ってくださるだけじゃなく、営業としてまた一から育てようと言ってくださった会社への恩を感じました。『感謝の気持ちは無限大』ではないですが、いい成績が出るようになっていきました」

五段腹から挑んだビキニフィットネスの世界

――ビキニフィットネスと出会ったきっかけは何ですか?

「30歳くらいになり時間に余裕ができて、気付いたらおなかが五段腹くらいになっていて、家族には象とかサイとか言われるようにもなりこれはまずいと思いました。母が30歳になったときに半年に20キロのダイエットに成功したと知り、同じ血が流れているのであれば私もやれるはずだと。母が痩せた理由はジムに入ったからで、私の会社の目の前にジムがあり、母と一緒に行こうと言われて入ったのがきっかけでした。さらには目標を持たないとダイエットもできないと言われて、フィットネスビキニの大会に出場するという目標に決めればダイエット成功できるかなという安易な考えで、フィットネスビキニと出会いました」

「当時ビキニフィットネスの優勝者が名古屋にいたので、チャンピオンと同じジムに通えば同じような体になれるかもしれないと思い、ジムに電話したのが最初の一歩です。10カ月後に日本選手権があるということで、ジムに入ってトレーニングを開始しました。今まで食事制限では一度も痩せることに成功しなかったので、トレーニングと食事制限の両方でやっていけば変わるかなと。新たなチャレンジでしたが一回取り組んでみようとやってみました」

自分自身が一番の応援団に

――ビキニフィットネスも社内転職も、一歩目を踏み出す勇気はどこから来ているのですか?

「年齢とともに自分が後ろ向きになり、自信をなくしていました。30歳になってからビキニフィットネスと出会ってトレーニングを始めてから、自分としてはどんどん変わっていったんですね。最初、事務職から営業職に行く一歩目は突き飛ばされて送りだされた感じでしたが、30歳を過ぎてからの一歩というのはものすごく変わりました。『昨日よりも今日こんなことができるようになっている』『1週間前はこれが1回だったのに今日は5回できている』とか、だんだんと自分自身がこれもできるあれもできると感じました」

「30歳を過ぎてから成長していると自分にどんどん自信がついてきて、自分のことをすごく褒められるようになったんですね。ビキニフィットネスでは10カ月で優勝しましたが、自分自身をちょっとしたことでもいいので褒めてあげる。小さい頃はお母さんに褒めてもらえるんですけども、30歳を過ぎて褒めてもらえることはないので」

「やはり自分自身が一番の応援団でないといけないし、自分が自分のことを嫌っていたりとか批判していたりしたら本当に前に進めません。とにかく自分を褒め続けてモチベーションを上げて、一歩一歩を踏み出していくようにしています。一歩踏み出せば、景色がガラッと変わって、そこで見える景色が全然違って、次の1歩を踏み出せばまた景色が変わります。ゼロから一はすごく大変だが、一から十はすごく簡単なので、ゼロから一をどう一歩踏み出すか、なんとかゼロから一歩を踏み出す勇気さえあれば、自分と未来はどんどん変えられます」

(この企画は日経とC Channelが共同で展開しています)