独立して店を持たないか、と誘われたことは何度もあります。両親も期待していたと思います。でも周りに流されて店を出していたら一生、モヤモヤしながら人生を過ごすことになったでしょう。たくさんの人に迷惑をかけましたが、自分の気持ちにウソをつかず、やりたいことを追い求めてきたから家政婦という仕事に出合えたと今は思います。
家政婦になって世の中のことも知るようになりました。例えば日本のお母さんは皆とても忙しくて、家族の時間が十分に取れないこと。夕食のメニューに毎日頭を悩ませ、早く食べさせて子どもを寝かしつけなきゃ、といつもばたばたしていること。加えて父親は一緒に夕食をとることがあまりありません。振り返れば私の母もいつも最後に食卓に座り、食べると真っ先に立ち上がって洗いものを始めていました。
フランスでもほとんどの女性は働いていますが、彼女たちの食事の目的は楽しむこと。だから無理をせず、普段の料理はとてもシンプルです。同じ「食べる」でもその風景は全く異なります。
食事は唯一、年代や性別を超えて一緒に楽しめるものです。その時間をぜひ大切にしてほしい。私が作ることで楽しい時間が作れるならとても意味のある仕事だと感じるようになってから、「家政婦です」と言えるようになりました。

今は家族の時間を最優先に、夫と3歳と1歳の息子、2匹の猫と暮らしています。息子には2歳から包丁を持たせており、すでにカレーなら一人で作れます。もちろん、調理中はずっとそばで見ていますし、必要なときは手を添えますが、危ないと感じたことはありません。危ないからキッチンに入らないよう柵を設ける家庭も多いですが、椅子を踏み台にして早い段階から手伝ってもらうと自然に危ないことが分かるようです。食材を洗ったり皮をむいたりするところから始め、卵も割ってもらいます。一緒に作った食事の方がたくさん食べてくれる気がします。男性も子どもも参加しやすいから、料理は簡単な方がいいんです。ハードルを上げると誰も手伝ってくれません。
我が家では料理を大鍋で作ってそのまま出し、各自が取り分けるスタイルにしています。子どもだって気分によって食べたいものや量は変わります。自分で決めて自分のペースで食べればいいのです。そして自分で取り分けた分は残さず食べるよう伝えています。皿に取り分けるというアクションを取ることで料理に興味が向きます。長男が生まれて間もなく夫の実家に行ったとき、大勢でわいわい食べている様子を見てニコニコしている笑顔がとても印象に残っています。大人も子どもも、基本的に食べる料理は同じです。
食べ方ももっと自由でいい。私も忙しいときや疲れたときはウーバーイーツを頼んだり、インスタントの味噌汁で済ませたりします。だからといってだめな母親だと思ったことは一度もありません。それでも「家族と楽しくゆっくり食事をしている」と自信を持って言えるからです。
自分の気持ちが強すぎて失敗もしたけれど、思いを貫いたことで自分のやりたいことにたどり着くことができました。これからのことは分かりませんが、今まで一生懸命、料理を勉強してきた自信があるので、この先も何だってできると思っています。
子どもたちも同じように自分のやりたいことを見つけてほしいし、自分らしく生きるためにも自分の意思をきちんと言葉で伝えられるようにしてあげたい。嫌いな料理も必ず一口は食べるように伝え、嫌な理由を説明してもらいます。食感が嫌だと言われれば次からはこちらが工夫すればいいことです。嫌いなものを無理に食べさせることはせず、大人がおいしそうに食べていたらいつか興味を持ってくれると思っています。やりたくないことがあってもそれをきちんと説明できればやらなくても構わないのです。むしろ一人ひとりが個性的であってほしいと思っています。私自身も5年後の自分がどうなっているか分からないけれど、自分がやりたいことをやっていると思います。
(聞き手は女性面編集長 中村奈都子)