東京でも一番厳しいといわれる店でしたが、シェフが料理に情熱を注いでいるのが分かったので嫌だとは思いませんでした。3日に1日は泣きながら家に帰っていたけれど、自分ができないことに悔しくて泣いていただけです。何かを学ぶために厳しさがあるのは当たり前。周りに女性がいないことも気になりませんでした。

ただ本当に厳しくて、1年持たずにみんな辞めていきます。あっという間に自分がシェフに次ぐ古株になりました。料理雑誌に紹介されて注目されたこともありますが、自分で仕事ができないことは分かっていたし、スタッフもうまく使えない。形だけ2番手というのはすごく嫌でした。最初から3年は働くと決めていましたが、高級店特有の近寄りがたさなども徐々に私の中で引っかかるようになり、3年がたったのを機に辞めました。

もうフランス料理は作れない

私が文学や映画や友人を通じて知ったフランス料理の魅力とは、食事を楽しむ姿。食卓を囲んでみんなでわいわい長時間会話する風景です。でも日本のフレンチレストランはそういうものではありません。田舎の両親も「メニューに何が書いてあるか分からないし緊張する」と言います。子連れは入店できなかったり、ワインを飲まない人は嫌がられたりします。そういうことが気になって、何かが違うと感じましたが、どうすればいいのか分かりません。

もしかしたら進むべき道はフランス料理ではないのかも、と1年半ほど食品会社でソースなどを作るアルバイトをしたこともあります。そのあと勤めたのはカジュアルで客単価も安いビストロ。ここも私自身が働きたいと心から思える店でした。逆に好きすぎて他人に任せられない。当初はシェフと私の他に2人のスタッフがいたのですが、遅刻してヘラヘラしている姿を見ると許せないわけです。なんでもっと一生懸命しないのか。私は1回教わったことはメモをとって、休憩時間にノートにまとめて、家に帰って復習します。だから同じ失敗を繰り返す人が許せない。下準備も洗い物も全て自分がやるからとシェフに頼み、2人で店をやることになりました。ただ、家族以上にわかり合っているはずのシェフにも、自分の中にある違和感をうまく説明することはできませんでした。料理は大好きなのに目指す方向が見えない。同僚は次々と独立して店を持ち始めているのに、自分は店を出したいと思いません。調理師にとって一つのゴールなのに、それを目標にできないのは何故だろうという悩みは日に日に大きくなっていきます。全ての時間とお金をかけて大好きなフランス料理を学んでいるのに、自分が何を目指しているのかわからない。人にも説明できない。それがすごくつらくて苦しくて。追い詰められた揚げ句、これ以上レストランで働くことはできないと、手紙を置いて10年間お世話になった店を逃げるように離れました。もう二度とフランス料理の世界には戻れません。この先どうすればいいんだろう。まさに仕事人生のどん底です。

ウーバーイーツも楽しく味わいたい

キャリアを失い、改めてフランスに行き家庭料理を勉強したいと思いました。カフェで隣に座った人に声をかけて「きょうの晩ご飯教えてください」みたいな。でも貯金がありません。どうせならフランス人の多いところでコネクションも作ろう、と勤めた飲食店で出会ったのが夫のロマンです。当時の私は35歳。もはや渡仏を急ぐ必要もなくなりました。まずは子育てしながら勉強できる環境を、とフリーランスとして働く道を選びました。家政婦として登録したのは、日本で暮らすフランス人のベビーシッターができるかも、という期待があったからです。

パリ郊外の夫の実家での食事(本人提供)

でも最初の頃は依頼の半分が掃除。これまで全ての時間とお金をフランス料理につぎ込んできたのに、なんで私は今、人の家の掃除をしているのか。両親にも友達にも言えず、こっそり仕事をする日々です。ただ料理を依頼されたとき、子どもたちが「おいしい、おいしい」と食べてくれるのはとてもうれしかったです。箸を使ってお茶と一緒に楽しむ様子を見て「私はこういうふうにフランス料理を食べてほしかったんだ」と、17年間探し続けてきたゴールが見えました。お客さんから「家族でゆっくりごはんを食べられました」「楽しく食事ができました」という言葉を聞き、自分が目指していたフランス料理、つまり家族でゆっくり楽しむ食事が、家政婦という仕事を通じて実現できるのだと分かりました。

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