時間をかけて作品とそこに含まれる自分自身と向き合う

――自画像を中1というタイミングで描かせる狙いは何か。

中1の初めはまだ少年らしい時期です。もう少し年齢が上がると、自分自身を表現することよりもうまく見せることに意識が向いてしまいがちになります。

――「うまく」というのは絵としてのうまさ? それとも自分をより良く見せたいという欲求?

両方です。鏡に映るそのままの自分を描くことが難しくなるのと同時に、絵としての技能を求めるようになります。すると結局うまくいかなくて、表現すること自体をあきらめてしまうことも増えるんです。

技法は教えないので、描き方はひとそれぞれ(筆者撮影)

――授業中、細かい技法については何も教えていないように見えたが。

はい。立体感を出すためのテクニックなどは教えていません。世の中にはうまくいかないことがいっぱいあるので、少なくとも美術のなかではうまくいかないことをたくさん体験してほしいと思っています。逆に、自分ではうまくいかなかったなと思っていても、まわりのみんなから「いいね」と言ってもらえる作品ができてしまうこともありますし。

――海城で美術を教える際に工夫している点は何か。

古今東西美術話というコーナーを設けて、美術に関するいろいろな要素を社会との関わりを意識しながらできるだけ毎回5分間くらいで話すようにしています。前回は渋谷区に登場した公衆トイレのデザインについて話しました。美術というと絵を描かされる時間みたいにとらえる生徒も多いと思うのですが、美術自体が社会との関わりが深い学問であることを知ってもらいたい意図があります。制作活動には苦手意識をもっている生徒でも、歴史ある学問としての美術には興味をもってくれます。

また、授業の最初に5分間デッサンの時間を設けていることも、工夫の一つです。美術なんてなんのためにやるんだろうとか、絵が得意なわけでもないのになんで描いているんだろうというモヤモヤを抱えながら参加する生徒も少なからずいます。でも、5分間でも毎回デッサンを描き続けると、誰でもある程度は上達するんです。つまりあれは、成長意欲の強い海城生向けの、達成感味わい型の課題なんです。

以前、「俺、絵心がないからなぁ」なんてぼやいている生徒がいて、「絵心なんて言っていたらそこで思考停止になるからね」と注意したことがありました(笑)。

――「絵心ないから」って言いたくなる気持ちは私もすごくわかりますけれども(笑)。

ある程度までは絵心なんて関係なくて、練習するかどうかです。「絵心」って言葉で片付けて、自分の課題をないことにしてしまうんですね。でもこれは中高生の美術に限らず、大人の世の中にもそういうことは多いですよね。

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