東京ガスのゲーム「ふろ恋」 宣伝なしでも継続率4割

日経クロストレンド

東京ガスが2019年11月に始めた「ふろ恋プロジェクト」が、ここまで好調に推移している。ほとんど宣伝しないのに、対応ゲームアプリはここまで毎月約5000ダウンロードを達成。アプリの翌月継続率も40%とかなり高い。いったいどんなメッセージをユーザーに提示しているのか──。「ふろ恋」の秘密をひもといた。

ゲームアプリ「ふろ恋 私だけの入浴執事」のタイトル画面(出所:東京ガス、セガ エックスディー)

2020年3月12日にリリースしたスマートフォン向け(iOS、Android対応)ゲームアプリ「ふろ恋 私だけの入浴執事」は、広告出稿はもちろん、プロモーションらしいプロモーションをほとんどしていないにもかかわらず、ほぼ口コミだけで現在まで毎月約5000ダウンロードを継続して達成。しかも、ダウンロードしたユーザーが翌月もアプリを稼働させる「翌月継続率」は約40%に達する。ゲームの分野で最も継続率が高いカジュアルゲームでも15%程度とされるので、かなりの高率だ。

好調なのはアプリだけではない。公式ツイッターのフォロワー数は20年11月末時点で2万弱に上り、ツイッター上には「神アプリ」「日々の癒やしになっています」「東京ガスさん、ありがとう」など、アプリに対する感謝のコメントがあふれる。東京ガスの独自調査ではあるが、こうしたアプリユーザーの一定数に「『ふろ恋』のプレイ前後で『東京ガス』への印象は変わりましたか?」と尋ねたところ、回答者の77%が好意的な回答を寄せているという(『とても良くなった』32%、『良くなった』45%)。

20~30代の若い女性を狙った

このふろ恋プロジェクトの狙いは、「20~30代の若い女性を中心に、独身者だけでなく既婚者も含めて、入浴習慣と東京ガスを認知させ、入浴の価値を見直してもらいたい」(東京ガスリビング営業計画部デジタルマーケティンググループの柴田優氏)というものだ。

これまで東京ガスは、「ライフバル」と名付けた拠点会社を営業エリアに幅広く展開し、担当者が在宅時に訪問することで、顧客の開拓やサポートに当たってきた。しかし、若い世帯については、共働きが増えたこともあり、従来のアプローチでは「リーチ」することが難しい。しかも若い女性は入浴をシャワーだけで済ませることも多く、「風呂の価値が機能性だけで測られがちだった」(柴田氏)。そこへ自由化の大波が到来し、顧客獲得競争が激化した。このまま手をこまぬいていれば、将来の重要な顧客である若年層が、東京ガス、ひいては入浴そのものから離れていってしまう可能性が高まる。

そこで、恋愛ゲームと風呂を掛け合わせたゲームアプリを制作し、20~30代の若い女性を中心に、「風呂、つまり入浴には『癒やし』の価値もある」(柴田氏)ことを訴え、入浴習慣を取り戻してもらい、併せて東京ガスのイメージを引き上げることを狙ったのだ。

セガ関連会社がアプリ制作を担当

アプリの制作は、セガサミーグループ傘下で、とりわけ異業種とのコラボレーションに積極的に取り組むセガ エックスディー(東京・新宿)が担当した。

制作に当たっては、アプリユーザーとコミュニケーションを取りながら疑似恋愛することになる“執事”を5人登場させ、それぞれを人気声優、人気イラストレーターが担当するようにまず布陣。声優、イラストレーターのファンの取り込みを考えた。

加えて、ゲームの世界観を明確に打ち出し、その世界観に沿ったツールやサービスを多数用意。「アプリユーザーが真剣に、しかも熱量をもって(=熱くなって)ゲームに取り組むことを狙った」とセガ エックスディー取締役執行役員CXO(Chief Experience Officer)の伊藤真人氏は語る。

アプリ内ツール「給湯タイマー」を利用する際の画面(出所:東京ガス、セガ エックスディー)
アプリ内ツール「おやすみサポート」を利用する際の画面(出所:東京ガス、セガ エックスディー)

打ち出した世界観を簡単に言えば、「入浴を中心に生活をサポートし、その人を心身ともに幸せにしてくれる」というサービスを提供する未来の架空国家組織「OASIS」から、入浴執事「フロピスト」があなたのためにやってくる──というもの。この世界観に基づき、実際の入浴時に役立つ「執事が一緒に数を数えてくれる給湯タイマー」やお風呂にかかわる小話、入眠時に使う「執事が一緒に羊を数えてくれるおやすみサポート」などを用意。さらに好みの執事の着せ替えができたり、会話を楽しんだりもできるようにした。

ゲーム内の執事とは個別の会話も楽しめる(出所:東京ガス、セガ エックスディー)

その結果、冒頭で示したように、ユーザーのアプリの内容に対する評価は高く、1度ダウンロードしたユーザーの多くは利用を継続し、いわば「ふろ恋」ファンになっている。「予想を上回る成功を収めた」(伊藤氏)といってよいだろう。

成功の理由は徹底したユーザー肯定にあり

伊藤氏は、このアプリが成功した大きな理由を、「肯定感」という言葉で説明する。ある調査データで、「主婦の多くは自分のことを認められていない存在と感じている」という結果が出たことを踏まえ、「『自分(ユーザー)を徹底的に肯定してくれるパートナー』という立ち位置を、執事はゲーム内で絶対に踏み外さないようにした」(伊藤氏)のだ。ゲーム内容を随時更新する際、この原則を厳守した結果、多くのユーザーをアプリゲームに引き留めることができたわけだ。

東京ガスの柴田氏は、ふろ恋プロジェクトについて、「狙い通りのターゲットにリーチし、予想以上の成果を得られた」(柴田氏)と振り返る。今後は、ツイッターやウェブサイトなどからの情報発信をより強化し、アプリをダウンロードするユーザーの母数をさらに拡大して、同時にユーザーの「ふろ恋」ファンの度合いを引き上げることを狙う。

具体的には、新型コロナウイルスの感染拡大で延期を余儀なくされている「アプリに登場する人気声優を招いてのリアルイベントの開催」や、「登場するキャラクターを活用した幅広いグッズ展開」などで話題をつくり、ツイッターなどSNS(交流サイト)上で盛り上げ、口コミの拡散につなげる。多大なマーケティング費用をかけずに、アプリのダウンロード数の増加やその活用頻度の向上を促し、ファン化を推し進めていく考えだ。

その後は、「ふろ恋」ファンクラブサイトと位置付けているウェブサイトへの誘導を強化する。限定シナリオや限定コンテンツを掲載したり、そこで各種キャンペーンなどを展開したりして、アプリユーザーがウェブサイトも訪れるように仕掛けるわけだ。将来は、ウェブサイトから東京ガスの他のサービスの利用へとつなげることも視野に入れている。

(日経クロストレンド 降旗淳平)

[日経クロストレンド 2020年12月21日の記事を再構成]

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