伊藤忠商事で繊維一筋。2020年4月、グループのアパレル会社ジョイックスコーポレーションの社長に就任した塩川弘晃さんは、格安スーツから高級服まで着倒して、ファッション商売の醍醐味を知り尽くす。もっともブランドの何たるかについては入社後、月日と経験を重ねながらじっくりと理解を深めてきた。「ええもん」の神髄を知れば、それを身につける喜びは一層大きくなる。コロナ禍で装いへの関心が希薄になりがちなビジネスマンに「おしゃれする機会をつくることが大切」という言葉の裏には、そんな神髄に1人でも多くの人に触れてほしい、という切実な思いもある。(この記事の〈下〉は「『スーツ派、欧州はもう銀行だけ』伊藤忠育ち塩川社長」)
服を買いたくなる局面、必ずくる
――直近までのべ10年にわたり欧州に駐在されていました。英国から帰国したのは英国が最初のロックダウンに入る2020年3月直前です。現地ではコロナのファッションへの影響、消費者の変化をどう感じていましたか。
「帰国直前の1~2週間で店が閉まり出し、あらゆる予定が狂って大変でした。欧州はもうファッションどころじゃない感じでした。これまでの金融危機や自然災害と違って先が見えません。治療薬が出てきても絶対かどうかは分からない。本来ファッションは未来や夢を思い起こさせるもの。今回ばかりは、それが難しい」
――ファッションショーは中止やバーチャル配信に替わりました。
「しかもコロナによってブランドの資金力の差があぶり出されました。ショーを中止するところがあれば、ビッグメゾンはふんだんにお金をかけて、リアルの無観客ショーとデジタルの両方をやる。ここにきて、ブランド間の差がものすごくつきましたよね」
――消費者はファッションを不要不急と感じ、服を買うことをためらっているようにも見えます。
「でも、反動は必ずきます。コロナがある程度落ち着いたら一気にモノを買い出す局面が間違いなくやってきます。それまでは辛抱、辛抱です」

――在宅ワークで服装に気を使わなくなりました。リセットされた装いは元に戻るでしょうか。
「そこなんです。いったん、在宅で仕事ができるよね、と考えてしまった人が、その後、どれだけオフィスに出ようという気になるか。そうなるとほとんど家だけにいて、出かけて行く場所がなくなり、服装には気を使わなくなる。そこで私はいま、オケージョン(機会)を創り出していくことが大事、と社員に強く言っています。コトからモノ消費が生まれるように、装うことの目的や意義を見いだしていかないといけない」

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