ボルドー新時代 違うブドウ品種や斬新な見た目で勝負
エンジョイ・ワイン(34)
世界の高級ワイン産地の頂点に君臨する仏ボルドー。樽(たる)を利かせたフルボディーの赤ワインは、愛好家の垂涎(すいぜん)の的だ。しかし、最近は新興産地の台頭や消費者の嗜好の多様化で、その地位は盤石とは言い難い。そうした中で注目を浴びているのが、これまでとは違う品種や手法を使って醸造した変化に富んだ新しいスタイルのボルドーワインだ。
ボルドーの赤ワインは果実味、酸味、タンニン(渋み)がいずれもしっかりと感じられ、かつ、それらのバランスが秀逸なのが特徴といえる。発酵させたワインを「バリック」と呼ぶ小ぶりの新樽で熟成させるため、樽由来の甘みやタンニン、適度な酸化のニュアンスが加わり、複雑な味わいをまとう。長期熟成タイプは10年や20年、時にはそれ以上、寝かせて初めて、味わいのポテンシャルをフルに発揮する。
ボルドーワインは生産量が比較的多いこともあり、世界中に愛好家がいるが、一時期に比べると、人気に陰りも見える。
英語のワイン検索サイト「ワイン・サーチャー」(https://www.wine-searcher.com/)によると、フランスワインの検索件数全体に占めるボルドーワインの割合は、2010年には63.7%と断トツだったが、2019年には40.9%に急落。逆に、ライバルのブルゴーニュワインは14.8%から27%へと大きくシェアを伸ばし、シャンパンも10.5%から12%に増えている。
世界全体の中でも、ボルドーの検索シェアは25.5%から18.6%に下がっている。産地別では依然1位を維持しているが、安穏とはしていられない状況にある。
一部の愛好家がボルドー離れを起こしている理由はいくつかある。まず、ボルドーの主要品種であるカベルネ・ソーヴィニヨンやメルロは、今や多くの国で栽培されている。どの国のワインも品質の向上が目覚ましい半面、値段はボルドーに比べ、手ごろなものが多い。品種でワインを選ぶ人にとっては、ボルドーである必要性が低下している。
カベルネ・ソーヴィニヨンやメルロのワインが市場にあふれ返っているため、違う品種を楽しみたいというニーズの高まりもある。各国の土着品種から造るワインがひそかなブームなのも、その表れといっていい。
ナチュラルワイン・ブームに象徴されるように、ブドウ本来のジューシーな味わいや飲みやすさをワインに求める愛好家が、世界的に増えている点も見逃せない。複雑な香りや渋みが持ち味で、しばしば「若いうちは硬くて飲みにくい」とも言われるボルドーワインは、流行に合わなくなってきている側面は否めない。
料理の味付けの傾向が、ジャンルを問わず、正統派フレンチ料理のようなこってり系から、あっさり系にシフトし、こってり系と合うボルドーワインには逆風となっている。
ボルドーにあって、とりわけ知名度が高くない生産者や若手の生産者の間で、市場の変化に柔軟に対応する動きが徐々に広がりつつある背景もそこにあり、新しいスタイルのボルドーワインを生んでいる。
わかりやすい例が、主要品種以外の品種を主体としたワインだ。ボルドーの赤ワインは、カベルネ・ソーヴィニヨンかメルロ、あるいはその両方をメーンに、補助品種と呼ばれるカベルネ・フランやマルベック、プティ・ヴェルドなどを少量ブレンドするのが一般的だ。だが、近年は、補助品種を主体にしたワインが好奇心旺盛な愛好家の注目を集めている。
「シャトー・ルクーニュ カルメネール」(2014年産の参考小売価格3300円)もその1つ。カルメネールは、ボルドーの黒ブドウの全作付面積に占める割合が0.05%と非常に少なく、補助品種としてすら、あまり使われてこなかった。
補助品種がその地位に甘んじてきたのは、おいしいワインにならないという理由では必ずしもない。例えば、プティ・ヴェルドが補助品種なのは、実が熟すのが遅いという欠点があり、栽培する生産者が少なったから。今は栽培技術の進歩や地球温暖化の影響で成熟時期が早まっており、栽培面積が増え、プティ・ヴェルドを主体としたワインも生産されている。
カルメネールも、補助品種にとどまったのは、今より涼しい昔のボルドーの気候に合わなかったのが理由の1つとされている。その証拠に、ボルドーより温暖なチリでは、主要品種の1つとして人気がある。マルベックも、アルゼンチンでは国を代表する品種だ。シャトー・ルクーニュのカルメネールは、口当たりがまろやかで飲みやすい。カベルネ・ソーヴィニヨンやメルロとはまったく違う味わいの印象だ。
ナチュラルワイン・スタイルのボルドーワインにも、注目が集まる。ナチュラルワインは、有機栽培のブドウを使い、培養酵母でなく天然酵母で発酵させ、酸化防止剤を極力添加しないワイン。大西洋に近く湿気の多いボルドー地方は有機農業には不向きなため、ナチュラルワインはほとんど造られてこなかった。しかし近年は温暖化や栽培技術の進歩で、有機農業の環境も徐々に整い、ナチュラルワインの醸造が増えている。
おすすめは、「シャトー・ル・ピュイ エミリアン」(2017年産の希望小売価格6200円)。ル・ピュイは400年の歴史を持つ老舗ワイナリーで、ボルドーでは珍しく昔から有機栽培を実践してきた。メルロが主体で、天然酵母で発酵させ、熟成時に少しだけ酸化防止剤を加えてある。非常に芳醇(ほうじゅん)、ふくよかなワインで、ナチュラルワイン特有のスルッとした喉越しが、心地よい。
新しいスタイルのボルドーワインは「見た目」も違う。例えば、「シャトー・ルネッサンス エルヴェ・アン・バリック」(2014年産の希望小売価格2800円)のラベルは、ワイングラスを手にした男女がダンスを踊りながらキスをしているコミカルなイラストだ。文字だけだったり、シャトーの建物が厳かに描かれたりしてきた従来のボルドーワインのラベルと比べると、斬新なデザインといっていい。
味わいはラベルのイメージ通りで、華やかな感じのミディアムボディー。色がそれほど濃くなくタンニンをあまり感じないのは、ボルドーの伝統的な醸造法と一線を画し、色素やタンニンの抽出を意図的に抑えているためとみられる。だが、同時にボルドーらしいエレガントさや複雑さも兼ね備えており、コストパフォーマンスの高いワインだ。
*価格は税別
(ライター 猪瀬聖)
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