日経ARIA

最初は安い普通酒の配達を手伝っていた

美智子さんは地元茨城で生まれ育った。「学校を卒業した後は事務職に就いたり、ゴルフがやりたくてキャディーをしたり、飲食業で働いたり。結構飽きっぽい性格なので、そのときどきの興味のままに楽しく仕事をしていました」

お酒も好きだったが、飲むのはだいたいビールか焼酎。日本酒にはあまり興味はなかったそうだ。

夫の昌明さんと知り合い、13年前に結婚。昌明さんの実家が営む結城酒造で、最初は近隣への配達など、軽作業を手伝っていた。「当時造っていたのは、このあたりで冠婚葬祭の贈答用に使う安い普通酒でした。配達も自分たちで運転する車で回れば済んでいました」

あるとき、瓶に詰める前のしぼりたてのお酒を飲んでみた美智子さんは、そのおいしさに驚いたという。そして、「できたてはぴちぴちしておいしいのに、瓶に詰めてしまうとおいしくなくなるのはなぜだろう」と疑問に思い、地酒の専門店を回っていろいろな日本酒を飲んでみるようになった。

「もしかしたら、私にもおいしいお酒が造れるかも」

飲み比べた中には、美智子さんが感動したしぼりたての味そのままのお酒もあった。「なぜうちではこういうお酒ができないんだろうと。当時は大吟醸とか純米酒の意味も知らず、いろいろ調べるようになりました」

家族経営の小規模の酒蔵なので、製造の工程もほぼ把握している。「もしかしたら私、お酒が造れるかなと思い始めて」、長男が保育園に入ったのを機に、それまで暮らしていた近所から酒蔵の実家に引っ越した。さらに、茨城県の産業技術イノベーションセンターが夏季に実施している日本酒造りの研修を受けた。

「初心者コースでは、3人が1組になって吟醸酒と純米酒を造りました。最初はもっと簡単に造れるのかと思っていたらとんでもなかった。本当に難しかったのですが、おいしいお酒ができて感激しました」。その年の冬、岡山県産の酒米「雄町(おまち)」を使い、初めて造った純米吟醸酒は、都内の酒販店との取引が決まった。2年目に造ったお酒は、雄町を使った日本酒だけが集まる「雄町サミット」で優等賞を受賞した(以降、連続6回受賞)。

結城酒造の酒蔵は江戸末期、安政年間の建造で国の登録有形文化財。冬の気温は氷点下5度になることもある
酒蔵の煙突は明治時代の建造。東日本大震災の揺れにも耐えた
注目記事
次のページ
挑戦してダメでも現状のままでも、先はない