栄光は進学校ですが、カラダを動かす環境が備わっていました。「中間体操」と呼ぶラジオ体操は栄光にとって最も大事な教育だと思います。2時限から3時限の間に15分程度の時間ですが、約1000人の全校生徒が一斉に上半身裸になり、グラウンドで体操をします。冬は寒いので、まず走ります。体操なんて嫌だとトイレに隠れている生徒もいましたが、運動の習慣は大切。大先輩で解剖学者の養老孟司さん(東大名誉教授)とも「頭でっかちは嫌い」と意気投合したことがあります。

「栄光に通っていなかったら、全然違う人生を歩んでいたと思う」と振り返る

部活はバスケットボール部に所属しました。身長が183センチと高かったので、ポジションはセンター。中学は比較的強かったのですが、高校になると神奈川県はバスケの強豪校が多いので、なかなか勝てませんでした。今も忘れられない先輩に出会います。横浜を代表する海運会社の御曹司で、しかもバスケの名プレーヤーでスター的な存在でした。よくコーチをつけてもらいましたが、ボロボロになるまでしごかれました。「お前らは、親のサポートを受けてぬくぬく生きているのに、親に感謝もせず、この程度の練習で音を上げるとは何事か」とよく叱られました。倫理観も強い先輩でしたが、惜しいことに30代で亡くなりました。

サッカー部は強かった。人材も輩出しています。先輩だと、日本銀行理事などを務めた平野英治さん、後輩では外務事務次官の秋葉剛男さんなどがいます。サッカー大国スペイン出身の神父が熱心に指導していたので、神奈川の強豪校になったのでしょう。

栄光の出身者は、外交官や商社マンなど海外で活躍する人材が少なくない。

外国人の神父に日々鍛えられたこともあるのでしょう。先輩では三井物産会長の飯島彰己さんもいます。私も海外の仕事の方が、日本以上にスムーズに進むこともありました。一般に日本人の建築家というと「別世界からきた人」という顔をされたりしますが、イエズス会の学校に通っていたというと、「私もそうだ」と打ち解けてくれることもありました。イエズス会の学校は世界中にありますから、巨大な人脈のネットワークができます。

栄光の同級生が海外での仕事の接点になってくれたケースもあります。在学時代から東南アジアに造詣の深かった同級生の森肇くんは、インドネシア・バリ島の民俗音楽関連のイベントに携わったりしていましたが、タイのプーケットでの開発を一緒にやりました。元デンマーク大使の鈴木敏郎くんは、外務省ではアラビアンスクールに属していました。中東・アフリカ地域で仕事をする際は、彼からつき合い方を教えてもらったりしていました。

ビジネス書などの書評を紹介
ブックコーナー ビジネス書などの書評はこちら