アウディ初の電気自動車e-tron らしさをギュッと濃縮
いよいよ日本上陸を果たしたアウディ初の電気自動車(EV)、アウディ e-tron スポーツバック。モーターで走るEVは、エンジン車と比べて個性がなくなると心配する声もあるが、小沢コージ氏は「ときにEVこそブランドの個性が際立つ」という。アウディ初のEVは果たしてどう「アウディらしい」のか、小沢コージ氏が試乗して確かめた。
ピュアEVは高級車から普及する
「人気はかなり高いです。2019年は世界で2万7000台くらい売れました。20年もこの新型コロナウイルス禍の中で1~6月だけで1万7000台ほど出ています」と話すのはアウディジャパン(東京・品川)の丸田靖生広報部長。アウディ初のピュアEV(電気自動車)、アウディ e-tron スポーツバックの話だ。国内価格で1327万円(税込み)という高級車で、しかも充電設備が整っていないと使いづらいEVであることを考えると、海外の販売データとはいえ驚くべき売れ行きだ。
東京都が30年までに都内で販売される新車すべてを電動車とする方針を示すなど、最近「脱ガソリン車」の動きが話題だ。個人的には「脱『純粋』ガソリン車」とでも言うべきで、引き続き生産されるエンジン付きのハイブリッド車(HV)とは分けて考えたいところだが、いずれにせよ電動化が一層進むのは間違いない。
ただし小沢はピュアEVは簡単には台数が伸びないだろうし、高級車ゾーンから普及していくと考えている。なぜなら、お金持ちほど精神的に遊びがあり、面白そうなものにすぐに飛びつくからだ。たとえ、多少の欠点含みだとしても。
実際、現状市場にあるピュアEVのほとんどが高級車である。500万円以下の乗用車ゾーンで、日本で買えるピュアEVは日産リーフや先日登場したホンダeなどごく少数だが、高級車に目を向けるとテスラのモデルSやモデルXをはじめ、ジャガーのI-PACE、メルセデス・ベンツのEQC、BMWのi3と、すでに多様な選択肢がある。
そんな高級EVグループに新たに加わったのが、アウディ初のピュアEV、アウディ e-tron スポーツバックだ。海外では約2年前に発表済みのスポーツタイプのSUV(多目的スポーツ車)だが、我が国ではついに2020年に導入された。そして、これが恐ろしいほどアウディらしいアウディなのだ。
上質な走りと、驚くほどの静粛性
骨格には、大型SUVのアウディQ8などと共有のMLBエボというパワートレイン縦置きプラットフォームを使用。サスペンションも基本的に同じだが、専用開発したパーツも多い。フロア部分には専用のバッテリーケースが収められ、剛性アップに寄与している。そしてなによりも、電動のパワーがすごい。
今回試乗した55クワトロ ファーストエディションは、前後ツインモーターでシステム最高出力は約408PS、最大トルクはなんと664Nmだ。ガソリンエンジンなら4リッター級のパワーで、駆動用バッテリーも95kWhと巨大だ。
気になる航続距離は、WLTCモードで405キロメートルと、テスラ・モデルSには劣る。それでもピュアEVとしてはかなりのロングドライブ性能。フル充電状態ならばどこに出かけても怖くないだろう。
運転してみて驚いたのは、そのパワー以上に過剰なほどアウディらしい振る舞いだ。アウディといえば美しいデザインと上質な走り味、中でも静粛性の高さで有名だが、e-tron スポーツバックはさらに一歩進んで「無音」あるいは「スタジオ内」とでも言いたくなる静かさ。足回りから来る振動やタイヤノイズ、風切り音を極限まで削っているので、走り出しても静かで、おそらくロールス・ロイスレベルのノイズの少なさではあるまいか。
ハンドリングはある意味BMW的な鋭さやスポーツ性とは対極にある上質さで、思い通りに曲がりはするが、過剰なものではない。長距離移動では圧倒的に疲れないクルマになるはずだ。それはドライバーはもちろん、助手席や後部座席の人も含めての話。
群を抜くインテリアのクオリティー
アウディらしく、インテリアのクオリティーも群を抜いている。全体が高品質なアルミ風素材や本革で覆われ、造作精度も恐ろしく高い。モニターのベゼルなどはiPhoneを思わせる精密さだ。
ハイテク機器の導入にも積極的で、ここ最近レクサスESやホンダeなどでも採用されるカメラ式のサイドミラーの「バーチャルエクステリアミラー」が選べる。ただしこれに関しては正直、違和感もあり、特にバック時は相当な慣れが必要と感じた。年配のオーナーなどは従来通りの光学式ミラーを選んだ方が無難かもしれない。
EV時代には、ブランドの個性はより研ぎ澄まされる
ともあれ小沢がe-tron スポーツバックに乗り改めて感じたのは、今後来るであろうEV時代は、よりブランドの味わいを研ぎ澄ませ、濃縮した商品の時代になるだろうということだ。
EVの時代になると「クルマはどれも同じようなものになるよ」と、したり顔で言う人がいるが、それは一部は本当で一部はウソだと思う。動力源がモーターになると、確かにエンジンほど個性的な振動や回転フィールで勝負できなくなり、どれも静かになる。だが、その逆もまた真なりで、EVだからこそ生み出せる加速感もあるはずなのだ。
これはメルセデス・ベンツのEQCに乗っても感じたことだ。EQCは他のどのガソリンエンジン搭載メルセデスよりも、メルセデスらしい加速感とドライビングフィールを備えていた。
そして新型アウディ e-tronだが、小沢はこれまたブランドの意地をかけてでも、個性的な商品になるだろうと予測していた。それはEVこそがアウディが大切にする「上質感」「きめ細かさ」「静粛性」を最も効率よく発揮できる車両パッケージにほかならないからだ。言わば銀座の寿司屋が大トロの握りにこだわり、四川中華がマーボー豆腐に最大限の技術と情熱を注ぎ込むようなもの。ここで勝負しなければ、アウディの生きる道はないとすら思うくらいだ。
結果、その通りのクルマが出て、世界のお金持ちの間で人気を博している。これからも高級自動車ブランドによる、高品質EVの戦いは続くだろう。今まさに高級EVの時代が始まったのである。
自動車からスクーターから時計まで斬るバラエティー自動車ジャーナリスト。連載は「ベストカー」「時計Begin」「MonoMax」「夕刊フジ」「週刊プレイボーイ」など。主な著書に「クルマ界のすごい12人」(新潮新書)「車の運転が怖い人のためのドライブ上達読本」(宝島社)。愛車はロールス・ロイス・コーニッシュクーペ、シティ・カブリオレなど。
(編集協力 出雲井亨)
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