メニューは店ごとにバラバラ 謎だらけのドラム缶酒場
都心を中心に展開する「謎」の立ち飲み酒場がある。「立ち飲み居酒屋 ドラム缶」。その名の通り、テーブルがなく、ドラム缶をテーブル代わりに使う立ち飲み店だ。この店、謎が多過ぎて、一度行っただけでは、全容を理解できない。しかも店ごとに料理もドリンクもバラバラ。行きつけを作るのもいいが、いろいろな「ドラム缶」を飲み歩きたくなる「魅力」がある。
JR神田駅から徒歩2分、雑居ビルの4階に「立ち飲み居酒屋 ドラム缶」神田店はある。
ここのシステムは、まさに立ち飲みの王道。決済はイングリッシュパブと同じキャッシュ・オン・デリバリー方式で、入り口近くのカウンターで、注文品をオーダーし、商品を渡してもらう。立ち飲みのお約束で、各ドラム缶には金属製の小ぶりのザルがあり、そこにお金を入れ、追加注文をするときはそれをカウンターに持っていく。
この店のシステムがユニークなのはこれだけではない。ドリンクを再注文するときは、生ビールにしてもサワーにしても、グラスやジョッキを戻さないといけないのだ。食べ終わった料理も同様。完全セルフ方式だ。
その分、ドリンクも料理も安い。ドリンクは、サワー類が200円台から。大手居酒屋チェーンより100円ほど安いし、人気のセンベロ系よりも安い価格設定だ。料理はなんと100円から。「しそにんにく」は、店内にある冷蔵ショーケースから自分で取るスタイルで100円。しかもこれで税込みだ。
とはいえ、味が悪いわけではない。「だし巻きタマゴ」は、きちんとその場で調理して150円。ふんわりといた半熟具合は悪くない。これはオススメだ。「コロッケ」も100円、「シューマイ」も3個で100円、「からあげ」も200円だ。
店は40人が入れる程度。神田という土地柄、ビジネスパーソンが当然多いが、30代らしきカップルや女子の2人連れも入ってくる。ほとんどは私服だ。神田かいわいには大学もあるので、そこの学生かもしれない。店内は、本当に素っ気ない作りで、カラフルに色を塗ったドラム缶だけが目立つのだが、気軽に入れて、安く楽しめる。いわゆる「センベロ」を実現しているのが、客に支持される理由だろう。
ほかの「ドラム缶酒場」は1階にある店も多いが、神田店は4階だ。小さな古い雑居ビルで、こうした「うらぶれ」感も「どんな面白い店が待っているのだろう」という期待を持たせ、酒飲みの心をくすぐってくれる。
ドラム缶をテーブル代わりにしているのも良い。1人で使えるのはもちろん、2人でも3人でも4人でもOKだ。さすがにそれ以上になると1卓(缶?)では無理なので、複数に別れることになるが、固定していないので、少し動かして近くで飲むことができる。固定席と違って、ソーシャルディスタンスを維持するために、缶を間引くことも比較的、簡単だ。
店は若い女性アルバイトが一人で回していた。ほとんどセルフの営業形態にすることで、人件費を減らし、低価格を実現しているのだろう。店内には料理やドリンクを打ち出した短冊が壁いっぱいに掲げられている。なのでメニューブックのような近代的なものは置いていない。徹頭徹尾、立ち飲みに徹している。
もう一つ「謎」がある。不思議なドリンクが多いのだ。
店の一押しは、「ポン酢サワー」(250円)。大手食品メーカーのポン酢で焼酎を割ったサワーなのだが、これが意外と人気だ。ポン酢しょうゆの「味ぽん」ではないので、しょうゆの味はしないが、最近流行のレモンサワー同様のすっきりした味を楽しむことができる。
で、「謎」を深めるのが「東京湾」というサワー。こちらは300円だが、アルバイトスタッフに聞くと、すし店のガリと梅干しを入れたものという。これは初体験だ。味は想像通りだったが、これが300円で飲めるなら悪くはない。それ以外にも「白桃おろしサワー」や「豆乳ハイ」「ざくろサワー」など、あまり普通の居酒屋チェーンにないラインアップが並ぶ。こうした多様性、もう少し分かりやすく言うと「雑」な感じが「ドラム缶酒場」の魅力でもある。
「立ち飲み居酒屋 ドラム缶」は2016年、東京・茅場町に1号店を出店したのが皮切りで、現在40店以上を展開する。
ユニークなのは、フランチャイズ方式を採用せず、のれん分け方式をとっていること。加盟金99万8000円を入金するだけで、「立ち飲み居酒屋 ドラム缶」の商標を利用でき、近年は加盟金0円プランも導入している。本部へは、毎月固定ののれん代2万9800円を納めるのみだ。統一メニューもなく、メニュー開発は各店独自で可能。仕入れもそれぞれで行うことができる。かなり自由な、言ってみれば"ゆるい"チェーンと言える。それが同じブランドながら、「謎」の独自性を生んでいる。
例えば、東京のある店では、はやしハムという埼玉・川越の老舗の素材を使った「ハードスモーク ベーコンステーキ」(ハーフ500円/フル800円)を提供したりしていた。企業家精神あふれる企業や個人にとって、参入しやすいビジネスモデルになっている。それが面白い店づくりにつながっているのだろう。
若干、マニアックな話をすると、「立ち飲み居酒屋 ドラム缶」のビジネス上のうまみは、初期投資がとても小さくて済むところだ。
通常、飲食店を開業しようとすると、物件取得費以外に厨房や客席などを作らなければならず、厨房や客席を前の所有者から譲り受けるいわゆる「居抜き」でも坪当たり数十万はかかるが、「ドラム缶」は、新たに客席を作らずに済む。極論すると、厨房設備さえ作ることができれば、客席は作らずに済む。内装もそれほどお金をかけなくてもよい。ドラム缶自体は、ネット販売だと1缶2000円前後。10缶そろえても2万円でしかない。とても参入障壁が低いのだ。
ただ、客として「ドラム缶酒場」を楽しめる最大のポイントは、店ごとに全然違う料理やドリンクを飲み歩くことだ。大枠では「安くて、気軽」というコンセプトはあるものの、店ごとの裁量範囲が大きいため、違いが大きい。料理はもちろん、ドリンクもそうだ。多くは、都内に立地しているので、飲み歩くのはさほど難しくない。ブログなどで記録しておくことも良いだろう。
ただし一つだけ、ご注意。「ゆるい」チェーンのためか、「結構お客入っている」と思った店が突然、閉店していることがたまにある。「ドラム缶」巡礼をするなら、事前に電話で「存在確認」をすることをお勧めする。
(フードリンクニュース編集長 遠山敏之)
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