全米最速の犬 愛犬との絆、確かめるドッグレース
4歳のメスの救助犬フェランが、アメリカンケネルクラブ(AKC)の第1回全米最速犬競技会で優勝した。
アイルランド語の「オオカミ」にちなんで名付けられたしなやかな雑種犬は、100ヤード(約91メートル)を6.346秒、つまり時速52キロで駆け抜けて、決勝戦に参加したほかの130匹の犬に勝利した。猟犬としての能力を競うこの競技会「AKCファストCATインビテーショナル」は、2020年12月11日に米フロリダ州で開催された。
米メリーランド州に住む飼い主のクリスタ・シュリートさんとテッド・コックさんは、フェランが1歳のときに里親になった。フェランは、グレーハウンドとボルゾイ、そしてスコティッシュディアハウンドのミックス犬だ。
「私たちは引き取ったこの子に心を奪われてしまいました」とコックさんは話す。
そして今、フェランは全米最速の犬の称号を手にした。
20年に年行われた2回の予選で、ダックスフントからドーベルマンピンシャーまで、参加した129の犬種ごとに最も速く走る犬が決定された。
この犬たちが、決勝戦のためオーランドに集まった。決勝戦はすべての犬の中で一番速いものを決める全米最速犬部門と、それぞれの犬種の中で突出して速いものを決める犬種最速犬部門の2つで競われた。犬種最速犬は、同じ犬種の平均スピードと比較して何%速いかを競う。このタイトルを獲得したのは、グレーのミニチュアプードルのエリオットと、飼い主で米サウスカロライナ州在住のデボラ・バーネットさんだ。
20年から始まったこのイベントでは、AKCに登録されている1歳以上の犬であれば、フェランのような雑種も含めてすべての犬に参加資格が与えられた。
犬はそれぞれ100ヤードを3回ずつ走り、その平均タイムが最終速度とされる。レースは、AKCの主催で毎年開催されるナショナルチャンピオンシップの一環として行われた。この大会では一連のドッグショーとアジリティ競技会(人と犬がコミュニケーションしながら障害物をクリアする競技)によって、最優秀犬「ベストインショー」が選ばれている。
AKCのスポーツ・イベント担当執行副理事長、ダグ・リュングレン氏が一番速く走る犬というアイデアに至ったのは、数年前。自宅で飼い犬のジャーマンワイアーヘアードポインターがリスを追いかける様子を眺めているときだった。「犬はどれくらい速く走れるのだろうか」と考えた。
グレーハウンドやウィペットなど、速く走る目的で品種改良された犬種については多くの記録が見つかったが、そのほかのAKCが公認する190を超える犬種の多くについてはデータがなかったことから、最速の犬を決めるイベントを立ち上げようと思いついた。このイベントによって、人間の最良の友の能力について知識が広がるだけでなく、この大変な1年に明るい光が差し込むことを期待していると言うリュングレン氏。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック(世界的流行)によってもたらされた生活の変化の中で、「私たちは犬との関係のありがたさを再認識することになった」と声明で述べている。
スピードを求めて
最速の犬種であるグレーハウンドは、時速70キロものスピードで走ることができる。人間の場合、世界記録を持つウサイン・ボルト氏のトップスピードでも時速45キロだ(グレーハウンドのレースは、残酷で非人道的だとして批判する人が増え、米国では徐々に消滅に向かっている)。
グレーハウンドは、サイトハウンドと呼ばれる視覚の鋭い猟犬のグループに属し、細身の体形や長い脚、細長い頭のおかげで速く走れる。
何百年もの間、人間はこのような犬を狩猟の供として、獲物をすばやく追いかけられるように品種改良してきた。優美で長い耳を持つサルーキは、猟犬としてエジプトのファラオに愛された。小型のグレーハウンドのようなウィペットは、ビクトリア時代の英国で、炭鉱労働者によって作られた。ドッグレースが好きだが大型犬を飼えるような場所やお金がなかったからだ。赤みがかった毛を持つハンガリー原産の猟犬、ビズラは、マジャール人の戦士や貴族に飼われた屈強で機敏な犬を祖先に持ち、やはり大変足が速い。
これらの例は、単なるスピードではなく、特定の環境におけるスピードを求めて、また人間の世界で特定の役割を果たすことを期待して選択が行われたことを示していると、米コーネル大学の遺伝学者でイヌ科動物を専門とするアダム・ボイコ氏は指摘する。
テリアやダックスフントといった小さな犬種の中にも、驚くほど速く走れるものがいるとボイコ氏は言う。げっ歯類やそのほかの地中に穴を掘ってすむ動物を狩り出すように品種改良されたからだ。
20年12月10日の決勝戦に出場したペキニーズは、時速21キロを記録した。中国で王族が袖に包んで連れ歩くように作られた犬種としては、なかなかのスピードではないだろうか。
「靴下いっぱいにクリスマスプレゼントを」
COVID-19のパンデミックによって、今年はAKCの大会も、スタンドに観客を入れないなどの変更を余儀なくされた。最速犬のイベントも規模を縮小せざるを得ず、当初は部門ごとに各犬種を代表する犬を3匹ずつ出すことを考えていたが、1匹にしたとリュングレン氏は説明する。
しかし別の点では、パンデミックのために新たな機会も生まれている。そのひとつとして、愛犬がアジリティ競技を行う動画をAKCが募集したところ、8カ月間に1万5000本もの動画が送られてきた。
この動画によるプログラムは非公式なものではあるが、隔離生活を送る人や旅行することができない人もAKCの競技を経験したりペットへの愛を共有したりすることができたとリュングレン氏は語る。「本当に感動的です」
フェランにとっては今回が20年最後のイベントだと、飼い主のふたりは話す。みんなで家に帰り、一休みして、休暇の準備をするのだという。
「靴下いっぱいにクリスマスプレゼントを詰め込んであげなくちゃ」とコックさんは笑う。
(文 LIZ LANGLEY、訳 山内百合子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2020年12月17日付]
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