色をまとうインドの女性たち その力強さと美意識
アジアの小さな村を旅してまわり、人々とふれあいながら撮影を続ける写真家の三井昌志さん。最新の写真集「Colorful Life 幸せな色を探して」(日経ナショナル ジオグラフィック社刊)から、鮮やかな色をまとうインドの女性たちの写真とその物語を紹介してもらった。
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2020年5月3日。インドの主要都市で色とりどりの花びらが空から大量に降ってくるという出来事があった。これは新型コロナウイルスと闘う医療従事者への感謝の気持ちを伝えるために、インド軍がヘリコプターを使って降らせたものだった。
とてもインドらしいニュースだと思った。インドの人々にとって、花とはこの世界に彩りと祝福をもたらす象徴的な存在なのだ。もちろん、いくら花びらをまいてもコロナウイルスが死滅することはないわけだが、色とりどりの花々を見た人の気持ちが明るく前向きになることで、疫病に打ち勝つ力が得られると考えたのだろう。
この話からもわかるように、インドはとてもカラフルな国だ。街のいたるところに鮮やかな色彩があふれている。僕はこれまでバイクでインドを8周し、数え切れないほど多くの人々にカメラを向けてきたのだが、特に働く女性たちの色鮮やかなファッションにはいつも驚かされている。田んぼで雑草を刈り取る女たちも、畑でトウガラシを収穫する女たちも、道路工事現場の女たちも、まるで南国の野鳥のようにカラフルなサリーを着て働いているのだ。
動きやすさや機能性という点で、サリーよりも優れた服はいくらでもあるだろう。実際、日本をはじめとする多くの国々では、労働の現場で伝統衣装を着ることはとても少なくなっている。結婚式や宗教儀式などのハレの日には伝統衣装を着るが、それ以外の日常生活はカジュアルな服で過ごす、というのが世界的な潮流なのだ。
しかし、どういうわけかインドの人々はその世界的な流れに逆らっているように見える。もちろん、デリーやムンバイなどの大都市に住む若者の中には、ジーンズとTシャツという現代的なスタイルを選ぶ人が増えてはいるが、そうしたカジュアル化のスピードは他国と比べてもかなり遅い。そこには美意識の違い、つまり「日常の中で何を優先するか」というプライオリティーの違いが反映されているのだと思う。
インド北西部ラジャスタン州に住むガラシア族の女性たちは、「ジュルキ」と呼ばれるユニークな前掛けつきの民族衣装を普段着として着ている。農業と放牧以外これといった産業のない辺境の村なので、女性たちの大半は近くのレンガ工場で働いているのだが、そこで得た現金収入の多くを自分の体形や好みに合わせてオーダーする民族衣装代に費やしているという。彼女たちにとって何よりも重要なのは、日々を美しく着飾って過ごすことなのだ。
インド北部の辺境・ラダック地方に住むドクパ族も独特の習慣を持っている。別名「花の民」と呼ばれるドクパ族の女性たちは、その日摘んだばかりの季節の花々を頭に飾り付けて暮らしているのだ。家で料理を作るときも、共同の水場で洗濯するときも、畑でキュウリを収穫するときも、いつも頭には新鮮な花が飾られている。
オレンジ色のほおずきをいくつも頭に飾ったドクパ族の女性は、僕にこんなことを言った。
「この花は人に見せるためのものではないんです。自分が美しくありたいから、そうしているだけなの」
誰かのためではなく、自分自身が美しくありたいから、カラフルに着飾る。インド女性の美しさの源には、こうした確固たる信念がある。
豊かな色彩を身にまとい、日々をたくましく生きているインド女性たちの姿は、私たちの日常に欠かせない「色の力」を伝えている。
次ページでも、どんな場所で働いていても常に着飾るインド女性たちの姿を、写真で紹介しよう。
(文・写真=三井昌志(写真家)、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 2020年12月19日付の記事を再構成]
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