詩歌やシナリオの朗読で、美しい響きを学ぶ

最も顕著に影響が出やすいのは、「間(ま)」の取り方だろう。プロの漫才師ほどではないが、私たちは日ごろの会話でも、相手と言葉を交わすにあたって、タイミングを見計らって声を出している。このタイミングの取り方には一種のスポーツのようなところがあって、少しブランクが空くと、反応がぎこちなくなりやすい。呼吸の合わない相撲の立ち合いみたいに、つっかけたり出遅れたりしてしまうわけだ。

職場での会話チャンスが減ったのなら、そのマイナス分を、どこかで補えば済む。しかし、昨今はどこへ行っても、自由に会話するわけにはいかなくなってきた。会食の間も「会話は控えめに」と、政府から指示されるような状況だ。せめて家庭内でと思っても、無自覚の自分から家庭内へ感染を広げてしまうリスクがあり、家族ともあまり会話を楽しみにくい。何だか24時間の「会話禁止ゲーム」に放り込まれたかのような会話レス環境だ。

こうなれば、自分と会話するしかない。つまり、「独り言」だ。街で独り言をつぶやきながら歩く人がしばしば奇異のまなざしを向けられるように、これまではあまりプラスのイメージがなかった行為だが、ポジティブにとらえ直す余地はある。特に今回のような緊急事態下では対人会話の代用品として「対自分会話」を活用する手もあるだろう。

ただ、単なる独り言はなかなか分量をしゃべりづらい。普段から「あっ、そうだ」「どっこいしょ」など、無意識に発する独り言は珍しくないが、大半はワンフレーズで、会話量を稼ぐには至らない。無意味な言葉を発声し続けるという選択肢もなくはないが、味気ない行為であり、前向きな気分で続けにくそうだ。

やりがいや効果の面でおすすめなのは、いわゆる「朗読」だ。小説や詩歌を、声に出して読む。これなら感染リスクの低い居場所を選んで取り組める。お気に入りの小説や詩歌も、声に出して読むと、感じ方が変わるものだ。字面を目で追っていたときとは違うニュアンスや工夫に気づくきっかけにもなる。

言語センスを磨くのにも、朗読はもってこいだ。とりわけ、韻を踏んだ表現は、声に出したほうが感じ取りやすい。詩歌の美学はやはり音の響きが欠かせない。「小倉百人一首」から入るのも悪くないだろう。中身が自然と頭に入る点でも、朗読はメリットが多い。

会話のスキルアップを狙うなら、戯曲やシナリオも候補に加えてほしい。舞台や映画・テレビドラマで使う台詞(せりふ)回しが盛り込まれているので、自然な会話テクニックに触れられる。普段はなかなか戯曲やシナリオを読む機会がない人にとっては、新たな言語表現と出合うきっかけにもなるだろう。

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講演・演説録や対談集、落語、映画も効果的