朝井リョウは大学在学中にデビューし「何者」で直木賞を23歳で獲得。文壇評価と人気を両立しながら作品を量産、今年でデビュー11年目となる。

最新作「スター」はかつて一緒に映画を撮った2人の青年が映像の世界で葛藤する長編小説。初出は朝日新聞夕刊。初の新聞連載は、このテーマ選定の契機になった。
「昔から毎日届く新聞に小説が載っていることに感動していたので、新聞連載への憧れと尊敬がありました。でも、依頼をいただいた時、まだ自分には早いのではという気持ちと共に疑念が湧いたんです。掲載先の最高峰と信じていたけどもうそうじゃないのかも……と。一方で原稿料は他の媒体と比べても高額。反響はウェブに載せる文章の方が大きいので、そのアンバランスさが怖くもなりました」と明かす。
似た思いは、受賞が7年前で選考委員は当時と違うのに「直木賞作家」の肩書を背負う自分への違和感にもあった。「昔から良いとされているものの品質や価値への疑念、揺らぎを書いてみよう」と思い至った。
揺らぎを書くと語る通り、作中には著名な映画監督の下に就いた立原尚吾、ボクシングジム発の動画をユーチューブでアップする大土井紘という主人公だけでなく、尚吾の彼女で日本最高峰のシェフの下で働く千紗、尚吾が陶酔する鐘ヶ江監督、監督志望で今は撮影シーンの内容を記録するスクリプターとして認められる浅沼、紘が動画を制作するジムの経営を仕切る大樹ら、年齢も立場も異なる人間の価値観がぶつかり、影響し合う。
「様々な意見を書きたかった。例えば作中、作品公開の速度と品質維持の間で悩む紘と、収益化を優先する大樹が対立します。紘には悪の存在である大樹の意見も私から出てきたもの。自分が組織を背負って再建を考える立場なら資金集めを優先するだろうし、内容の精査に関しても妥協点を探るはず。紆余曲折(うよきょくせつ)を経た浅沼に『世界と自分ひとりで向き合える時間は人生で一瞬しかない』などと語らせたのは、主人公の20代ゆえの自由さ、アドバンテージ、つまりある種の狡(ずる)さも描きたかった」

コンテンツを取り巻く事情も押さえつつ、鐘ヶ江が尚吾に放つ言葉は巨匠らしい重みと納得感がある。「『答えのないテーマだけど、正解じゃなくていいから、朝井さんが実感を持って書いた一行が欲しい』と言ってくれた友人がいました。その言葉を思い出しながら書いていました」
「SNSの発信や拡散のされ方を見ていると、単語自体への反応をよく目にします。数年前に『保育園落ちた日本死ね』が話題になった時は、筆者が死ねという表現を選ぶまでの感情より、言葉自体の攻撃性に焦点を当てる論も多かった。言葉は表現であり、表現は感情から生まれる。小説は感情を描けます。感情を物語で包めば、その感情から遠い場所にいる人にも何かを届けられるはずです」
(「日経エンタテインメント!」12月号の記事を再構成 文/平山ゆりの 写真/三好宣弘)
[日経MJ2020年12月18日付]