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「扁鵲(へんじゃく)」(書・吉岡和夫)

「扁鵲(へんじゃく)」(書・吉岡和夫)

中国・前漢時代の歴史家、司馬遷(紀元前145年ごろ~同86年ごろ)が書き残した「史記」は、皇帝から庶民まで多様な人物による処世のエピソードに満ちています。銀行マン時代にその魅力にとりつかれ、130巻、総字数52万を超す原文を毛筆で繰り返し書き写してきた書家、吉岡和夫さん(81)は、史記を「人間学の宝庫」と呼びます。定年退職後も長く研究を続けてきた吉岡さんに、現代に通じるエピソードをひもといてもらいます。(前回の記事は「あるキングメーカーの限界 史記が描いた『評判の人』」

新型コロナウイルスのパンデミックに揺れ続けた2020年も年の瀬ですが、楽観できる状況ではありません。この厳しい状況下で大きなリスクにさらされながら懸命に職責を果たされている医療関係者には、ただただ頭が下がるばかりです。

「X線の目」と聞く力

今回は一日でも早くワクチンや有効な治療薬が出回るようになってほしいと願いながら、「史記」に登場する名医、扁鵲(へんじゃく)にふれます。病気の治療だけでなく、人間の力を生かす手立てについても多くの示唆を与えてくれます。

扁鵲というのは、さらに昔の伝説の名医に由来する呼称で、姓は秦(しん)、名は越人(えつじん)です。高級ホテルの支配人のような仕事をしていたところ、長桑君(ちょうそうくん)という謎の人物に見込まれ、秘密の医術を伝授されます。長桑君の言う通りに薬を飲むと、垣根の向こうが見え、人体も透視できるようになったのです。彼は脈を診るふりをしながら、そのX線のような目で内臓の調子を読み取り、最適な治療法を語る医師となりました。

 扁鵲はある国で太子(王位継承者)が急死したと耳にします。すぐに宮廷の門まで赴いて、太子の側近に死因を尋ねました。側近が直前の病状を伝えると、扁鵲は「亡くなったのはいつですか」と重ねて問います。そして、まだ半日もたたず、納棺もされていないと知り「私なら生き返らせることができるでしょう」と口にしました。
 疑いの目を向ける側近に扁鵲は詳しい理由を語って「信用されないならば、戻って太子の様子をごらんなさい。両股をさすってみたら、まだ温かみが残っているはずです」と答えます。側近は驚き、これを王に伝えると、王は門まで出向いて涙ながらに太子が生き返るよう懇願しました。
 扁鵲は太子について、何かに逆上して気を失った状態であることを説明します。そして弟子に鍼(はり)を研がせ、太子の急所に打つと、太子は息を吹き返しました。さらに別の弟子には貼り薬などを調合させて両脇に付け、せんじ薬を20日間飲ませると、太子はすっかり回復したのです。
 天下の人々は扁鵲を「死人を生き返らせる人」と呼ぶようになりますが、扁鵲は言いました。
  越人は、能(よ)く死人を生かすに非(あら)ざる也(なり)。此(こ)れ自ら当(まさ)に生くべき者、越人能く之(これ)をして起(た)たしむる耳(のみ)
 私は死人を生かしたわけではありません。生きている人を立ち上がらせただけなのです――。扁鵲は自らの功を誇ることはありませんでした。
イラスト・青柳ちか

イラスト・青柳ちか

まさに名医といっていい活躍です。つぶさに症状を聞くことで的確な診断を下し、必要な治療法を見いだしました。扁鵲が長桑君から受け継いだのは、特殊な透視の力だけではないことがわかります。よい目だけでなく、よい耳ももっていました。

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