日経Gooday

野口さんは、どんなレースであっても前向きなコメントを残した。それは、何度でも立ち上がろうとし続けた姿勢の表れだった

「走った距離は裏切らない」を信じ続けた

私のモットーは「走った距離は裏切らない」。サインするときに一緒に書く言葉です。08年の北京五輪を欠場した後、いただいた手紙の中に、「あなたは走った距離は裏切らないと言っていたが、裏切られたではないか」と書いてありました。このときばかりは、心にずしんと重しがのしかかった気持ちになりました。

モスクワ世界陸上選手権では、熱中症で途中棄権に終わってしまいますが、約10年ぶりに世界の舞台に立てたことは、長期間頑張ったリバビリとトレーニングはやっぱり裏切らないと思えることができた結果であり、この言葉が間違いではないと少しは分かってもらえたかなと。

――思ったような結果が残せない中で、レース後はいつも「ここは良かった」「ここまで達成できた」という前向きなコメントが印象的でした。ポジティブな発言ができたのはなぜですか?

失業をして走っていた時から(「マラソン野口みずきさん 失業の中で育んだプロ意識」を参照)一段一段、階段を上るように努力を積み重ね、アテネ五輪の金メダルをつかみ取りました。それと同じように、思うような結果ではなかったとしても、レースの中で少しでも成長した部分があれば、そこに視点を向けて、一段一段上っているんだと成長を感じたかったのかもしれません。心も成長させて前向きに何度でも立ち上がろうと。

――年齢が上がることでトレーニング内容は変えていたのでしょうか。

ある程度、変えていったと思うのですが、やはり若い頃の成功体験というか、これだけ走らないと記録は出せないという、自分の中でのデータがありました。そのデータに基づいて練習をしたいというこだわりもありました。

引退直前は、広瀬コーチが考える練習量をこなせなかったので、ある程度、練習メニューは私に託してもらっていました。過去のデータから考えると、これだけ走りこまないとこのタイムは出せないと考えてしまいます。でもそんなに走りこんでは足の痛みが出てしまう。やれるかもしれないけど、どうしよう……という葛藤が常にありました。練習メニューを組み立てることが本当に難しかったですね。そんな自分のこだわりをなくして、年齢と向きあったトレーニングが素直にできていたら、また結果が変わったのかもしれません。

「足が壊れるまで走りたい」の思い一筋

――リオデジャネイロ五輪の選考レースである2016年の名古屋ウィメンズマラソンが、ラストランになりました。

まったく練習ができなかったのですが、年齢的に考えても五輪への最後の挑戦だったので、広瀬コーチに「走りたい」と伝えてスタート地点に立ちました。序盤で先頭集団から遅れて、完走も厳しい状態でした。それでも沿道からのやむことのない温かい声援が私の背中を押してくれたかのように、自己ワースト記録だったものの、2時間33分54秒でゴールすることができました。

高校を卒業して実業団に入ったとき、私は「足が壊れるまで走りたい」と言いました。その思い一筋で、現役生活を送ってきたように思います。決してかっこいい終わり方ではなかったですが、たくさんの人に支えられながら自分の意志を貫くことができて、足が壊れるまでやり遂げたことには満足しています。

いいことだけでなく、しんどいこともたくさんありましたが、それも含めてすべて私の人生であり、素晴らしい経験でした。だってそのおかげで、引退した後でもこうやって取材に来てくださって、自分がやってきたことをお話しすることができる。実業団に入った当時は、こんな未来が待っているなんて思ってもみませんでした。生まれ変わっても、また同じ指導者やお世話になった人、応援してくださった人々に出会って、同じ道筋をたどりたいと心の底から思います。

――今も走っていらっしゃるんですか?

はい。引退して、1年間ぐらいは走らなかったんですよ。高橋尚子さんは走ることが本当に好きで、引退後も走っていらっしゃいましたが、私は目標がないと走れない。でも今は自由気ままに10キロぐらい走っています。こんなところにパン屋さんや飲み屋さんができたんだといったふうに、景色を楽しみながらゆったりとしたランニングを楽しんでいます。

家で過ごすことが多くなったコロナ禍でも、朝に走ると一日がすごく気持ちいい。1人で走ればソーシャルディスタンスも保てるし、体力がついて免疫力も高まる。脳もクリアになるような気がします。何よりシューズ1つでできる運動なのでおすすめです。

――引退して4年経ちますが、今の活動は?

家族を大切にしつつ自分の限られた時間内で、全国各地の子どもたちにスポーツでも文化的なことでも、何か目標を持って諦めずに努力してほしいということを伝える活動をしています。今この時間がすごく楽しい。五輪に向かってやってきた道のりが、そんな時間をもたらしてくれているのかなと思います。

(ライター 高島三幸、写真 水野浩志)

野口みずきさん
1978年三重県生まれ。宇治山田商業高校からワコールの実業団へ。グローバリーを経てシスメックスに移籍。ハーフマラソンで頭角を現し、世界ハーフマラソン選手権で銀メダルを獲得。2002年マラソン初挑戦の名古屋国際女子マラソンで初優勝、03年の世界陸上選手権で銀メダル、04年アテネ五輪では金メダルを獲得。05年のベルリンマラソンで2時間19分12秒の日本新記録を樹立。16年の名古屋ウィメンズマラソンを最後に引退。現在は、岩谷産業陸上競技部でアドバイザーを務める。

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