リビングで「時そば」 落語家苦闘、オンラインの1年
立川談笑
いよいよ年末です。今年は家庭も仕事も、オリンピックまでもが新型コロナウイルスに振り回された年でしたねえ。私たち落語家も大いに苦しみました。人が集まっちゃいけないとなると、そもそも落語会が成立しませんから。予定の高座はすべてキャンセル。仕事はほぼゼロ。暗く落ち沈みそうなところを、なんとか気力を振り絞ってパソコンやインターネットを駆使したリモート活動に専念しました。落語家が苦闘したオンラインの年です。
3月ごろから落語会の出演者や主催者の間では「どうする? 今度の落語会、やる? やらない?」などと右往左往していました。それが4月7日の緊急事態宣言を境に、ぱったりと落語をやる場がなくなっちゃった。皆無。絶滅。
休まないはずの寄席まで
なにしろ4月、5月と都内の寄席定席が休業したのです。何があっても休まない、タフなはずの寄席が休業した。私たち立川流の落語家は基本的に寄席には出演しないのですが、それでも衝撃でした。私の主戦場である全国のホールや会館はほとんどが公の施設なので、規制はさらに厳格になります。
さあ困った。世間はリモート、オンラインへの移行で騒いでいる。落語もリモート化できるのか?
そのうち同業の仲間たちがインターネットを使った落語の無観客配信をぽつぽつと始め出しました。「リアルタイム」に重点を置いた生中継です。配信のためのごく少数のスタッフと、出演者。その場に客の姿はいないけれども、ネットを介した向こう側でたくさんのお客さんが楽しむという趣向です。そのお客さんたちもツイッターなどSNS(交流サイト)経由で集まるわけですから、通信技術の進歩が伝統芸能の命運を握ることとなりました。
さあそこで私も無観客配信に乗り出すことにしたのですが、課題は山積みです。まず場所。次に、映像と音響の機材はどうするか。さらにウェブ配信の業者の選定などなど。
検討に検討を重ねた結果、場所は自宅のリビングにしました。フローリングの床にそれらしい布を敷いて、ぺたりと座布団。これで高座の出来上がり。もちろん座布団は大きな落語用です。地方興行などに持っていくための商売道具ですが、まさか自宅で実用する羽目になるとは思いませんでした。
背景にはネット通販で仕入れた、派手な柄入りの大きなタペストリーを広げることにしました。ソファや書棚の前で落語ってわけにいきませんから。
映像と音響もひと苦労でした。たまにプライベートで使うだけの家庭用ムービーカメラを出してきて、音声はマイクを買ってきて外部入力につなげばOKかな、と。さらにそのカメラとパソコンをケーブルでつなげば良好な音声込みの映像がネットに送れるはずさ、と思っていたらさにあらず。
第一、このカメラの外部入力端子がどこなのかよく分からない。「おっかしいなあ」といくら調べても見つからないはず。存在しないんだ。内蔵マイクでしか音声入力ができない。しかも、たかだかこれだけの事実に行き着くまで何時間もかかっちゃった。必死になって製品仕様書をひっくり返しても、「ない」ものはどこにも書いてないのね。万事がこの調子。効率が悪いったらありゃしない。パソコンへの出力もオンラインではできなかったし。
いろんな方策を検討した末、最終的にカメラは手持ちのタブレット端末「iPad(アイパッド)」を使うことにして、適合する有線マイクはこれまた通販で買い求めました。
そして生配信にあたっては、ユーチューブとかに比べるとかなりマイナーかもしれませんが、会員制コミュニティー「DMMオンラインサロン」のライブ配信を使うことにしました。というのも昨年秋、そこに「立川談笑 らくご長屋」というサイトを開設していたんです。もともとはこぢんまりとしたファンクラブみたいな想定で、会費は業界内の最低ランクでいい。せいぜいライブチケットの優先販売とか、たまに下町散歩をして楽しく飲んで騒げりゃ楽しいじゃないか……というつもりが、このコロナですっかり機能しなくなっちゃった。だったら逆に、いっそのこと落語の配信に力を入れよう!という方針転換です。
現状を先にいうと、これまでに収録してきた落語の動画や音源をどしどし追加していったら今や100席を軽く超えました。CDにもDVDにも放送にもなっていない私の落語がどっさり。こんなバカなことしてる落語家はほかにいませんよ。
それでも会員以外への流出が1件もないのが何よりうれしい。すばらしい入居者さんたちに恵まれています。あ、入居者とは会員のこと。タイトルが「らくご長屋」なので私は家主さんという設定です。
それでも会費は当初のまま。最低クラスの1カ月880円で……ってあからさまに宣伝がましくてごめんなさいね。だけど現在、医療従事者、介護福祉関係者は無料で「立川談笑 らくご長屋」にご招待しているのです。この点が大事なので言わせて下さいな。日々大変なお仕事をありがとうございます。感謝します。
とんでもなく楽しく、ひどく悲しい
さて。日付は春にもどして4月30日の午後6時。何度かの試験配信を経て、いよいよ無観客生配信の本番です。ツイッターで告知した効果もあり、会員さんたちがレンズの向こうに集まっています。アイパッドの周りには、家じゅうからかき集めた大小ありったけのぬいぐるみたちがずらり。目に見えない観客の代役です。全員、かわいらしいお客さんだ。わはは。
収録と違って、生は途中で止められません。まさにライブと一緒の感覚でした。この緊張感、悪くない。
いつものリビングルームで、床に置いたアイパッドとぬいぐるみたちに向けて語った「時そば」は、普段とまるで異質であって同時にどこか全く変わらない部分も感じて。なんだろう。2度目の入院手術からの復帰初高座というのもあったせいか。とんでもなく楽しいのにひどく悲しいような。なんとも言葉にならない感覚が残っています。
弟子たちと武蔵野公会堂(東京都武蔵野市)で毎月開催してきた「立川談笑一門会」はホールが一時閉鎖になったため、懇意にしている居酒屋さんで収録したVTRを配信するスタイルにしました。なんとかホールが使えるようになった現在でも収録と配信は続けています。時間的に来られない、あるいは念のため会場には行かない選択をのぞむお客様からご好評をいただいています。収録と編集、配信作業は吉笑の担当です。偉いね。
8月からユーチューブで料理動画を配信し始めたのは、完全な趣味です。配信する私も、動画を見る誰かも、ほんのちょっとでも楽しかったらもうけものくらいの。街でテクテクしながら花を楽しんだり、犬や猫を見かけるたびに大げさに喜んだりするのと、私の中では一緒。このご時世に、わずかでも心浮き立つものを無理にでも拡大して味わいたい。その一心です。
ああ、つらかった今年も暮れていきます。振り返れば、去年の今ごろはこんな状況は誰にも想像もできませんでした。でも同じように、来年の今ごろには「あの時は大変だったよね!」と驚くほど良くなっているかもしれません。いや、そうなることを願ってやみません。
1年間お疲れさまでした。どうぞ、良いお年をお迎え下さい!!!
1965年、東京都江東区で生まれる。高校時代は柔道で体を鍛え、早大法学部時代は六法全書で知識を蓄える。93年に立川談志に入門。立川談生を名乗る。96年に二ツ目昇進、2003年に談笑に改名、05年に真打ち昇進。近年は談志門下の四天王の一人に数えられる。古典落語をもとにブラックジョークを交えた改作に定評があり、十八番は「居酒屋」を改作した「イラサリマケー」など。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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