小林氏は「SIRモデルのエッセンスを生かしつつ、消費と貯蓄、労働と余暇の間の行動選択をモデルに取り入れれば、感染症が経済に及ぼす影響をもっと明確にできるはずだ」と研究の広がりに期待しています。

感染が再び急拡大し、世界各国で人々の行動を制限する動きが広がっています。経済学界は、感染防止と経済活動を両立させる方法を示せるかどうか、重い課題を背負っています。

小林慶一郎・東京財団政策研究所研究主幹「現実の社会構造織り込めば精度高まる」

新型コロナウイルスの感染拡大が経済活動に及ぼす影響を分析する研究が広がっています。東京財団政策研究所の小林慶一郎研究主幹に研究の現状や、感染対策について聞きました。

――感染拡大のSIRモデルをどう評価しますか。

小林慶一郎・東京財団政策研究所研究主幹

「当初は単純なSIRモデルが予測に使われました。感染者数や死者数の予測が、事後的に見ると過大だったことが分かりました。実際のデータと照らし合わせると、SIRモデルが示すように感染者は指数関数的には増えませんでした。SIRモデルをそのまま現実の予測に使うのは正しくないという議論になっています」

「SIRモデルは数学的に非常に単純で、分かりやすいモデルなので、経済学界では3月ごろから、使いやすいモデルとして人気が高まりました。とりあえず、SIRモデルを通常の経済学のモデルに取り入れ、どうなるかをチェックする動きが世界中で広がったのです。行動制限や都市封鎖(ロックダウン)と検査の代替関係を調べる研究が増えました。高齢者の行動だけを制限すると、経済にどんな影響が出るのかを分析した論文もあります。私自身もその時期に海外の学者の論文を読み、扱いやすいモデルなので自分でも分析してみました」

――SIRモデルの想定は、現実とはかい離しているとの指摘もあります。

「SIRモデルには、人々の行動変容の効果を反映できないといった問題があるのは確かですが、現実の社会の構造を、モデルにもっと織り込めば、なお有効だとみています。例えば、東京財団政策研究所の千葉安佐子氏は、接触アプリをどの程度、普及させれば感染がどれだけ減るかをテーマに研究に取り組んでいます。感染予備軍が感染者に接触すると一定の割合で感染するという想定はSIRモデルと同じで、マイクロシミュレーションという手法を活用して7万人の仮想世界を作っています。年齢層や家族構成、職場などの条件を入れて試算すると、感染者数の増加が緩やかになり、現実に近づいています」

――SIRモデルを経済モデルに取り入れる動きは一巡したのでしょうか。

「標準的なマクロの経済モデルに取り入れる研究は落ち着きましたが、情報の不完全性や、人と人とのつながりを示すネットワーク構造を分析する研究など、なお広がりを見せています」

――人々の行動を制限するよりも、「検査、追跡、療養・待機」を徹底するほうが、経済へのダメージが小さいと早くから主張しています。日本の検査の現状をどうみていますか。

「研究の結果から導き出した結論であり、現在も考えは変わりませんが、検査にかかるコストには注意が必要です。検査そのものにかかるコストに加え、待機中に働けなくなるコストもあります。検査のコストが高すぎるようだと、経済へのマイナスの影響も大きくなるからです。また、日本全体のPCR検査のキャパシティーは向上しましたが、検査を受けたくても医者に止められるケースが少なくないとも聞きます。公衆衛生の関係者の間には、無駄な検査をなるべく減らして検査の効率を高め、保健所の負担を軽くしたいという考え方があります。一方、経済界では、陰性の情報は日常生活にとって価値があるので、なるべく検査を増やしたいとの声が多く、両者の間にせめぎ合いが起きているのです」

(編集委員 前田裕之)

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