父から「家を出ろ」

「家を出ろ」と父に言われるままに実家を離れた。母は悲しんでいた。「1年半、公園で寝たり、本当にホームレス生活をしたりしました。『家なき子』だったけど、落ち込んだことはない。好きなバンドをやっていたので楽しかった」という。しかし、「さすがに冬は寒かった」と苦笑いする。そんな時、新宿の有名ライブハウスの店長が手を差し伸べてくれた。「うちの店を手伝えよ。寝るところがないなら、店で寝泊まりしてもいいしね」。6年あまり、この店で働いた。

根っからの数学好きが人生の扉を開いた

後半の3年間は店長のような仕事も任せられた。好きな音楽に囲まれていたが、「このままじゃ、カラダが持たない」と思うようになった。夜の仕事のため、酒を飲み過ぎたためだ。

そんな時、携帯電話に届いた1本のメールが目に留まった。ITエンジニア募集の内容だった。今もこの会社の採用サイトには「集え!数学好き」とあるが、ロジカルシンキングを重視する社長メッセージにひかれた。エンジニアの未経験者もOKで、最初に履歴書を送るのではなく、数学をベースにしたテストで入社の合否をまず判断するという。「数学は好きだった」とテストを受け、見事に合格。面接を経て入社することになった。

プログラム言語にはまる

バンドマン人生に見切りを付け、ITエンジニアとして再スタートすることにした。「Java」などプログラム言語を取得したが、「めちゃくちゃ面白い」とはまった。ソーシャルゲーム開発に携わった。

その時、人生を大きく変える男に出会った。サンアスタリスク(当時の社名はフランジア)を創業した連続起業家の平井誠人さんだ。上智大学大学院を卒業後に三菱商事に入社、インテリジェンス(現在のパーソルキャリア)を経てIT企業アトラエの起業などに携わった。インテリジェンスはサイバーエージェント社長の藤田晋さんなど数々の著名起業家を輩出した企業として知られる。華麗なキャリアの持ち主の平井さんとITエンジニアの見習いだった小林さんとの出会いは衝撃的だった。

なぜ早大の系属校を中退し、ホームレスになるなどどん底の人生を歩んだのかと聞いても、「自分は興味のあることを素直にやってきただけ。いつも自然体でいたい。無理な生き方はしたくない。今も社会的な地位やおカネに興味があるわけではない」と強調する。ただ、「これは面白いぞと思い、やるべき時はみんなを巻き込んでガーンとやってきた」と力を込める。

子供のころから成績は学校でトップクラス、不思議な人間力も醸し出す小林さん。平井さんと出会い、新たなキャリアの場を見いだすや、一気にその才能が開花することになる。

早稲田実業学校
 1901年に大隈重信が創立。早大系属校で、中高の男子校だったが、創立100周年の2001年に東京都新宿区から国分寺市に移転し、02年に男女共学化、初等部を開設して小中高一貫校に。ほぼ全員が早大に進学できる。野球部は甲子園出場の常連校で、プロ野球ソフトバンク球団会長の王貞治氏も出身。芸能界に小室氏やテリー伊藤氏、実業界に前沢氏やメルセデス・ベンツ日本社長の上野金太郎氏らを輩出している。

(代慶達也)

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