タイで話題「陸を行進するエビ」 捕食者の間をなぜ

日経ナショナル ジオグラフィック社

2020/12/26
ナショナルジオグラフィック日本版

淡水エビ(学名Macrobrachium dienbienphuense)の大移動。タイ、ウボンラーチャターニー県の急流ラムドゥアンの近くで撮影(PHOTOGRAPH BY WATCHARAPONG HONGJAMRASSILP)

タイには、毎年雨期になると、川を出て神秘的な夜の「行進」をするエビがいる。バンコクで生まれ育ったワチャラポン・ホンジャンラシルプ氏は子どもの頃、テレビのそんな報道に心を奪われた。

ホンジャンラシルプ氏は生物学の学士号を取得した後、2017年にナショナル ジオグラフィックのエクスプローラー(協会が支援する研究者)になり、米国のカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で魚類の攻撃行動とコミュニケーションを研究した。それでも、子ども時代に強烈な印象を植え付けられたエビのことは忘れていなかった。

「わずか5分間の放送でしたが、20年間ずっと頭の中にありました」

行進するエビは観光客に人気があり、地元の民間伝承にもよく登場するが、エビが水から出る理由を研究した前例はなく、エビの種すら特定されていないことがわかった。「タイの人々の助けになり、同時に、環境保護にもつながるプロジェクトをつくりたいと思いました」

そしてこのほど、エビの行進についての研究成果を、20年11月9日付の学術誌「Journal of Zoology」に発表した。

エビの行動を実験室で再現

18~19年、ホンジャンラシルプ氏はタイ北東部ウボンラーチャターニー県のラムドム川を監視し、8~10月の雨期に無数の淡水エビが急流から出る2カ所を特定した。そして、エビの動きを映像に収めるため、(静止画をつないで動画のように見せる)タイムラプス撮影の暗視カメラを設置した。

論文によれば、エビたちは特に強い流れを回避している可能性が高いという。川の流れが強ければ強いほど、陸にはい出て、上流に向かって歩き、流れが穏やかになったところで川に戻ることが多かった。

このエビは親指の爪ほどしかなく、夜の行進中、さまざまな捕食者に狙われる(PHOTOGRAPH BY WATCHARAPONG HONGJAMRASSILP)

行進にはエビが絶えず出入りしていることがわかった。水から出ている時間は個体によって異なり、20メートル近く行進する個体もいた。

ホンジャンラシルプ氏は野生のエビを研究室の水槽に入れ、水から出るよう促すことにも成功した。ただし、その行動を引き出す完璧な条件を見つけるまでに2年かかった。それは、エビたちが暮らす川の水を使い、水流を速くすることだった。

「最初のエビが水槽から出るのを見たとき、喜びのあまり叫んでしまいました。なにしろ自然の神秘を解き明かしたのですから」

不思議なことに、水温が低いことと光が少ないことが、エビたちが水から出る重要な合図になっているようだ。ホンジャンラシルプ氏は光量、流れの強さ、水温といった要素を変えて実験を繰り返した。

研究の最終段階では、エビの遺伝子解析を実施。その結果、テナガエビ科のMacrobrachium dienbienphuenseという種であることが判明した。1970年代に初めて確認された種だが、行進するエビだということは知られていなかった。

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川沿いで待ち構える捕食者