日経ナショナル ジオグラフィック社

2020/12/23

この種子が、1000年前に人間がイチョウを好むきっかけになったのかもしれない。外層を除去したイチョウの種子は、ピスタチオによく似ている。中国の人々は、その種子を食べるため、ほかの場所では存在しなくなって久しいイチョウの木を植え始めたのかもしれない(イチョウの種子はギンナンとして知られ、有害成分を含む外層を取り除けば食用できる)。

イチョウがヨーロッパに持ちこまれたのは、17世紀後半になってのことだ。日本を旅したこともあるドイツの博物学者エンゲルベルト・ケンペルが、イチョウをヨーロッパに紹介したと考えられている。今では、イチョウは米国東海岸で特によく見る木の一つだ。虫や菌類、大気汚染に対する自然耐性が高く、コンクリートの下でも根を張ることができると考えられている。

かつて、野生のイチョウは絶滅したものと思われていたが、20世紀初頭に中国東部で栽培種ではないと考えられるイチョウが見つかった。2004年に発表された論文は、かつて仏教の僧侶が栽培していた木だと反論したが、中国南西部に別の野生のイチョウが生息している可能性があるとしていた。

その後、2012年に発表された論文で、中国南西部のターロウシャンに野生のイチョウが生息している証拠が示された。

この論文の著者で、中国の雲南大学の生態学者である唐勤(シンディ・タン)氏は、「中国の亜熱帯地域にある『避難場所』には、まだ野生のイチョウ個体群があるかもしれないと考えていますが、さらに詳しい調査が必要です」と話す。栽培種の改良を目指す育種家にとっては、このような野生の木が持つ遺伝的多様性はまさに貴重な宝だ。

しかし、クレイン氏はイチョウの将来を危惧してはいない。イチョウの人気は、種の存続に役立つからだ。「野生では見つけづらく、懸念される状態かもしれませんが、絶滅することはないでしょう」。クレイン氏はそう話している。

イチョウの葉を並べて撮影したもの。秋に鮮やかに色づくまで、葉は明るい緑色をしている(PHOTOGRAPH BY DARLYNE A. MURAWSKI, NAT GEO IMAGE COLLECTION)

(文 SARAH GIBBENS、訳 鈴木和博、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック 2020年12月3日付の記事を再構成]