森永「小枝」発売から50年 エコ意識を刺激、時代開く森永製菓 村瀬光隆・菓子マーケティング部長(上)

「小枝」は2021年9月に発売50年の節目を迎える
「小枝」は2021年9月に発売50年の節目を迎える

森永製菓のチョコレート菓子「小枝」は、2021年に発売から50年を迎えるロングセラー商品だ。軽やかなパフと香ばしくて食感のよい小さなアーモンド粒を内包した長さ4センチほどの小さなチョコバーには、子供から大人までファンが多い。近年は「苺(イチゴ)」や「メープル味」などのフレーバー商品の人気も高く、「コロナ禍」の巣ごもり消費を受けて販売数も伸びているという。どのような経緯で誕生したのか――。

(下)森永「小枝」 変幻自在の新風味、変わらぬロゴの理由 >>

「小枝」の発売は1971年9月6日。同年の食品業界では、日清食品の「カップヌードル」をはじめ、今も人気が続く大型商品が相次いで発売されている。高度経済成長のまっただ中で、新しい商品が出ては消えていった時代だ。その中で、なぜ「小枝」は他のロングセラーに比肩する商品に育っていったのだろうか。

森永製菓マーケティング本部の村瀬光隆・菓子マーケティング部長が説明する。「当時の(森永製菓の)研究所長が、オランダや英国など欧州のチョコレート菓子を買い入れ、新しい商品づくりを研究していたそうです。その中で、オレンジピールなどを包んだチョコがとても人気だったことに目をつけ、『これを日本で売るなら、どのような構成にするか』と考える中で発想が出てきました」

パッケージでも独特の食感をうたっている

日本人が手軽に食べるなら、まだそれほど認知されていないオレンジピールなどを使うよりも、「歯ごたえや舌触りに特徴のあるパフやナッツを入れて、軽い感覚で食べられるチョコ菓子を企画しました」(村瀬氏)。

1970年代は高度経済成長の一方で、全国各地の工業地帯での公害拡大といった環境汚染問題が深刻になりつつある時代でもあった。71年の7月には政府の公害対策本部が「環境庁(現・環境省)」に昇格・発足した。

「高原の小枝を大切に」でエコ意識を刺激

そんな時代背景の中、「カタカナで欧米風のネーミングが当たり前だった西洋菓子業界では珍しく、『小枝』は日本語を使って漢字で表記されたブランドということで、目新しさがあったと思います。当時のテレビCMも環境汚染問題を意識したのでしょう、『高原の「小枝」を大切に』という、エコを意識したメッセージ性に富むCMとして話題になりました」と村瀬氏は説明する。

森永製菓の創業者である森永太一郎は陶器の販売のために渡米し、現地で菓子を食べてから「西洋菓子を日本に普及させたい」と考え、帰国して1899年に「森永西洋菓子製造所」を設立。1912年に「森永製菓」に社名を定め、14年に「森永ミルクキャラメル」を発売。18年には日本初のチョコレート一貫製造による国産ミルクチョコレート「森永ミルクチョコレート」を発売した。

「小枝」のネーミングは環境意識を先取りしていたと、村瀬光隆・菓子マーケティング部長は説明する

西洋菓子を大衆に広げるという使命を追求してきた社風は、村瀬氏によると「新しい文化を創造するという社風、企業マインドが強いので、当時では珍しい『小枝』という日本語のブランド名で新境地を開きたいという意識があったと思う」。

「小枝」は商品の形が小さな枝に見えるところから名付けられた。英語で「ツィギー(twiggy)」とは「小枝のような」との意味。60年代後半に世界中でミニスカートブームを巻き起こした英国人モデル、ツイッギーさんの影響もあったとされる。ツイッギーさんは67年に初来日した際、森永製菓の「森永チョコフレーク」の広告に登場したこともある。チョコフレークという商品で「軽くて歯ざわりがよいチョコ菓子」の人気が高まった背景もあり、71年以降に「小枝」がヒットしていく素地ができあがっていったとみることもできそうだ。

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