保守王国で増える分裂知事選 割れた「一枚岩」の力学
自民党が強い「保守王国」の知事選で、自民党が二手に分かれて戦う保守分裂選挙が相次いでいます。多選知事の下で、人口減少や地域経済活性化の対策がなかなか進まないことへの不満が募る中、知事と県議の対立や県議団の分裂、国会議員団と県議団の確執などが絡み合った末の現象のようです。
県選出国会議員はすべて自民という保守王国の岐阜県で、2021年1月の知事選が約半世紀ぶりの保守分裂選挙になります。国会議員団が経済産業省出身で5期目をめざす現職を支持するのに対し、現職に不満を持つベテラン県議らは同じ経産省出身の新人を擁立しました。
10月の富山県知事選も51年ぶりに保守が分裂しました。自民県連が推薦し5選をめざした現職を、一部の県議が支援した民間経営者が破りました。19年の統一地方選でも福井県や島根県の知事選が保守分裂選挙になり、新知事が誕生しています。
保守分裂選挙はどちらが勝っても知事は自民系です。自民党内で知事が交代するのは、派閥持ち回りで首相を出した「昭和型」の権力闘争といえます。急激な変化を好まない地方では、人心一新の機運が高まっても、保守の枠内で新陳代謝を図る漸進的な昭和型の「疑似政権交代」が合うのかもしれません。
保守分裂の主役は県議です。県議選は同じ党の候補者同士で争う昭和型の中選挙区が多く、党内で主張の異なる派閥の主導権争いや若手の反乱が起きやすい構造です。地方政治に詳しい茨城大学の馬渡剛教授は「保守分裂選挙には新陳代謝を進める意思がうかがえる。地方には多様な保守がある」とみます。
昭和型の派閥政治は政治とカネの問題の温床になり、政治不信を招きました。保守分裂の知事選で県連内にしこりが残り、会派分裂などのゴタゴタが後を引いては県民にそっぽを向かれるでしょう。新しい知事が新風を吹かせ、県議会がそれに負けじと改革に乗り出せば、地方政治の変革の芽になります。
保守王国の一つとされる茨城県は、17年の知事選が保守分裂選挙になり、若い新知事が誕生しました。早速、知事が改革を進めると、県議会も若手を中心に政策条例づくりに積極的に取り組み始めました。
変化がうかがえるのは、こうした若手の動きをベテラン県議が後押ししていることです。「まちおこし」成功の要諦は、若手の新機軸に長老が口出しせず応援することとされます。保守分裂の知事選を機に県議会も変わりつつあるといえます。
馬渡教授は「保守分裂選挙はその先を見ていく必要がある。県議会がどう変わるかが大切な視点だ」と話しています。
馬渡剛・茨城大学教授「新陳代謝進める意思の表れ」
保守分裂選挙をどう評価したらよいか、地方の政治や議会の動向に詳しい茨城大学人文社会科学部の馬渡剛教授に聞きました。
――最近の保守分裂の知事選に傾向はありますか。
「岐阜、富山、福井の現職はいずれも4期務め、高齢・多選に批判があった。島根は新人同士だったが、候補者選考で自民党の県議団と国会議員団との考え方が異なり分裂した。共通するのは、少子高齢化の影響を強く受けている地域であることだ。地方独自の施策が求められる中、地域のことはリーダーも含め、自分たちで判断するという意識を強めている」
「1980年代までの保守分裂選挙は、国会議員を頂点とする政治グループ、特に中選挙区に基づく派閥の争いが関連していた。その場合の挑戦者はほとんどが政治家だった」
「近年は議会関係のこじれによる現職知事対県議団という構図や、候補者の選定過程に起因する県議団と国会議員団の対立になっている。いずれも少子高齢化の課題が山積し、今までで本当によいのかと県議団などが反旗を翻している」
「自民党の県連は県議規律型といえ、地方は地方の論理があって、党本部も県連の自治をある程度認めている。小選挙区になって派閥の役割が弱まったこともあり、国会議員を頂点とする派閥間の力学でなく、県連独自の判断が重視されるようになった」
――小選挙区制導入で国会議員の影響力が弱まり、県議の力が強まったことも影響していますか。
「衆院議員は小選挙区で党本部に公認されることが大事だ。どうしても中央を向きがちで、地方のことは地方議員に任せる傾向が強まっている。その地方議会は年功序列の強固な県議団がある。一方で、旧態依然としたものに住民の代表として異を唱えるなど、若手の反乱もよく起こる」
――保守分裂選挙はそうした地方政治のエネルギーだと肯定的に捉えるべきでしょうか。
「そうだと思う。旧態依然としたものに対して、だめだと言う保守分裂選挙には、政策面や人材面をはじめ、様々な面で新陳代謝を進めようという意思がうかがえる。国政では中選挙区時代のような多種多様な保守の選択肢がなくなったが、地方には多様な保守がある。保守に保守をぶつけるということが起こる」
――都道府県議選は中選挙区が多いことが地方での自民党の強さを支えている面があります。地方で野党が育たず、二大政党制を阻む要因になっているとして中選挙区を見直すべきだとの声もあります。
「政権交代可能な選挙制度をめざして小選挙区制を導入したが、国会議員の質は落ちたといわれる。国会議員と地方議員は昔は上下関係があったが、今は地方議員が国会議員を下に見ている。『俺たちがいなければ当選できないだろう』と。国会議員は県議に相当、気をつかっている」
「多様性こそが地方の力だ。それを小選挙区にして、1かゼロかの世界にするのはよくない。小選挙区では表れない多様性こそが地方議会の特徴の1つだ。民主主義の学校と言われる地方議会にそれが制度化されている」
――比例代表制はあり得ますか。
「それはある。例えば、夢物語だが、地方議会の常任委員会ごとに各党が候補者を出すという考え方がある。ただ地方議員は政策に特化するより、広く様々な利害関係を調整する役割が大きい」
――中選挙区制は地方の多様性を担保する一方で、自民党は多選が比較的容易で「ドン」と言われるような長老支配が生じやすい面もありませんか。
「そこも多様性だ。アンシャンレジーム、現状維持を望む人から、若手を中心に今のままでよいのかという人までいる。盤石な選挙基盤を持つ人がいると、若手に危機感を抱かせ、閉塞感を打破しようと突き動かす面がある」
――保守分裂選挙で知事が代わると、議会も変わらなければという動きが出てきますか。
「議会で政策条例を作ろうという動きは、改革派知事のところで伸びる。17年に知事選が保守分裂になった茨城県でも、県議会が県の魅力を発信するプロジェクトを進めたり、地産地消の条例化に取り組んだりし始めた。保守分裂選挙はその先を見ていく必要がある。県議会がどう変わるかが大切な視点だ」
――改革派知事が生まれ、議会が改革を進めたところも、時間がたつと、改革疲れもあってか、なれ合いが復活している面が見受けられます。
「緊張と弛緩(しかん)を繰り返していくのが地方自治ではないか。政治と時間は大切で、その周期性を見極めることが重要だ」
(編集委員 斉藤徹弥)
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