日経ナショナル ジオグラフィック社

草分けとなった女性たち

不屈の精神と肉体に加えて、レースに出場する女性たちには、その帆に風を送ってくれる先人たちが付いている。「わたしが9歳のとき、母がナオミ・ジェームズ氏の講演に連れて行ってくれたんです。氏の話にわたしは心を奪われました」と、メロン氏は言う。ナオミ・ジェームズ氏は、1978年に喜望峰を通って初めて世界一周単独航海を成し遂げた女性だ。

大人になったメロン氏は、当時23歳だったデイヴィース氏とともに、トレーシー・エドワーズ氏の指揮の下、メイデン号で航海を行った。エドワーズ氏は、初めて女性ばかりのクルーで、世界一周最短記録を狙う「ジュール・ベルヌ・トロフィー」に挑戦した人物だ。「わたしが今ここにいるのは、トレーシー・エドワーズ氏のおかげです」と、デイヴィース氏は言う。

「彼女はわたしのヒーローであり、スポーツ界の女性たちのためにたくさんの扉を開いてくれた人です。彼女のレースを見ていた若いころのわたしは、自分がいつか彼女のクルーに加わるなんて想像もしませんでした」

女性として初めてヴァンデ・グローブに参加したのは、フランスの著名な海洋冒険家でヨットレーサーのイザベル・オティシエ氏とカトリーヌ・シャボー氏だ。強風に見舞われた1996-1997年のレースは、災難と悲劇の連続だった。それでもシャボー氏は6位に入った(140日)(オティシエ氏はゴールしたものの、舵(かじ)を修理するためにケープタウンに停泊したため失格となった。氏は嵐の中、海上で行方不明となったカナダ人スキッパー、ジェリー・ルーフス氏を探すために一度引き返していた)。

4年後、24歳の英国人スキッパー、エレン・マッカーサー氏がヴァンデ・グローブで2位に入賞した。優勝したミシェル・デジュワイオ氏(93日)との差はわずか1日だった。「彼女のレースはとても興味深いものでした」。マッカーサー氏は自分のロールモデルのひとりだと語るクレメール氏はそう述べている。「彼女は背が高くて筋肉隆々というタイプではありませんから」

ヴァンデ・グローブの参加者たちがカメラを忘れることはないだろう。彼らはそれぞれの冒険を、現代のコミュニケーションツールである動画やソーシャルメディアを通して、ユーモアとウイットを交えて記録している。

サマンサ・デイヴィース氏は、2008-2009年のレースの最中、北半球に向かう航路でシンディ・ローパーの曲に合わせて踊っている動画を撮影して話題を呼んだ。クレメール氏は、前回の単独での大西洋横断の際、フランスや英国のヒット曲に合わせたリップシンク(口パク)動画を公開している。

「パンデミック(世界的大流行)によって娯楽が減り、イベントが中止になっていることで、今年はわたしたちに注目が集まっていると感じます」と、デイヴィース氏は言う。「それは非常に大きなモチベーションになります」

参加者たちは30ノットのスピードが出るハイテク・ヨットを操る。写真はスタート地点付近で自艇に乗る英国人スキッパーのサマンサ・デイヴィース氏(46歳)(PHOTOGRAPH BY LOIC VENANCE, AFP/GETTY IMAGES)
2020年のレースに向けてトレーニングを行うサマンサ・デイヴィース氏。参加者たちは平均3カ月間、海を1人で航海し、20分刻みで睡眠を取りながら過ごす(PHOTOGRAPH BY STEPHANE MAHE, REUTERS)
波間を進むクラリス・クレメール氏(30歳)のヨット(PHOTOGRAPH BY YVAN ZEDA, VENDEE GLOBE 2020)
緊張が解けたひととき、笑顔を見せるフランス人スキッパーのクラリス・クレメール氏。ヴァンデ・グローブは肉体的にも、精神的にも過酷なレースだ(PHOTOGRAPH BY STEPHANE MAHE, REUTERS)
レースのスタート地点に近い海で自艇を走らせるサマンサ・デイヴィース氏。今年の目標は74日という大会記録を破ることだが、ヴァンデ・グローブではゴールまで100日以上かかることもある(PHOTOGRAPH BY ELOI STICHELBAUT, POLARYSE/ VENDEE GLOBE 2020)

(文 MARY WINSTON NICKLIN、訳 北村京子、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック 2020年11月18日付の記事を再構成]

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