日経ナショナル ジオグラフィック社

肉体と精神と

肉体的な厳しさに加えて、精神的な負担も相当なものとなる。睡眠不足は決断力を鈍らせ、感情は増幅される。「最初の24時間は、ヨットにもうひとりだれかが乗っているという幻覚を見ます」。メロン氏は冗談めかしてそう語る。「風が強くなると、どうしてもうひとりの人は帆を操作してくれないのかと、不思議に思うんです」

睡眠の管理は重要で、研究者と協力して睡眠戦略を調整するスキッパーもいる。「眠れるときにはいつでも眠る。それが鉄則です」と、メロン氏。「警戒を怠ることはできません。レーダーにはアラームが付いていますが、海の状態は常に変化しますから」

クレメール氏は、ヨットからソーシャルメディアに動画を投稿するという楽しみを見出した。今年、フランスがロックダウン(都市封鎖)に入り、海でのトレーニングができなくなったときにも、氏は動画の撮影を行った。その動画では、防水服を着込んでヨット操作のまねをするクレメール氏に、もうひとりの人物がバケツの水を浴びせかけている。「1日ずつ着実に進んでいくことが大切なのです。非常に困難な目標があるときには、一歩一歩前進するしかありません。小さくて達成可能なタスクに集中するのです」

メロン氏は危険への実際的な心構えを重視する。「わたしはこう考えることにしています。『24時間何も問題が起こらないときには、用心しなくてはならない』」。それでも氏は、インターネットから離れて自由になれる時間を心待ちにしている。「海に出て、まだ人類が完全には汚しきっていない地球上最後の場所を探検するのが楽しみです。ただし海には、ゴミがたくさん浮いてはいますが」

デイヴィース氏がいちばん恐れているのは、レースを完走できないことではない。2012年の彼女の航海では、マストが破損し、索具を切り離して艇が沈むのを防がなければならなかった。「失敗は冒険のすぐそばにあります」と、デイヴィース氏は言う。

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草分けとなった女性たち
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