日経ナショナル ジオグラフィック社

2020/12/19

論文共著者であるノルウェー、ベルゲン大学の氷河学者アトレ・ネシェ氏はこう考える。おそらく何千年も前に暖かい夏が続いたとき、氷が解けて古い遺物が出てきて、解けた水に流されてアイスパッチの端まで運ばれ、そこで再び凍ったのだろう。一方、より最近になって雪の中に落ちた矢は、その場にとどまっていたのかもしれない。

古い矢は、解けた水に流されてから再凍結している可能性があるため、発見された場所はもともとあった場所からかなり離れている可能性がある。そうなると、矢の年代測定の結果を利用して過去のアイスパッチの大きさを地図化する試みは行き詰まってしまう。「氷河学者や氷原考古学者は、遺物がアイスパッチの大きさの推移を教えてくれることを期待していましたが、そうではありませんでした」とレキン氏は言う。

人間の活動の移り変わり

うれしいサプライズもあった。矢の年代測定の結果から、人々がラングフォンネ氷原をどのように利用していたのかの解明に役立つ手がかりが得られたのだ。例えば、トナカイの骨はたくさん見つかったが、矢はほとんど見つからなかった時期があった。このことは、人々が氷原で狩りをしていなかったことを示唆する。この時代のトナカイはおそらく、クズリ(イタチ科の肉食獣)によって殺され、後で食べるために雪の中に埋められたのだろう。

放射性炭素年代測定の結果から、バイキングが活躍した頃の600~1300年には、それまでとは違った活動が行われていたことも明らかになった。「矢はたくさん見つかったのですが、トナカイの骨などはほとんど見つからなかったのです」とピロ氏は言う。「これは偶然ではありません」。この時代の人々は、殺したトナカイを氷の中から取り出して毛皮や角を集め、交易品として売っていたのだ。

氷と、その中にある秘密に対する理解は進んでいるが、それと同じくらい急速に氷が消えていっている。「私は過去40年間ノルウェーの氷河を研究してきましたが、昔と今では全然違います」とネシェ氏は語る。「アイスパッチが日々、急速に解けてゆくのを見るのは非常に恐ろしいことです」

ネシェ氏は、アイスパッチの周辺の岩に生えている地衣類の成長から、現在のラングフォンネ氷原の広さは1990年代後半に比べて半分に、中世の小氷期(1300年ごろから1800年代にかけて地球が寒冷化した時代)に比べて10分の1になったと推定している。

氷は今もどんどん解けている。考古学者たちは、できるだけ多くの情報を保存しながら、迅速に行動しなければならない。「時間は非常に貴重です。私たちは良心的な科学者として、今あるデータを最大限に活用しなければなりません」とレキン氏は言う。「この複雑なプロセスの理解に役立つパズルのピースは、どんなものでも本当に役に立つのです」

(文 ANDREW CURRY、訳 三枝小夜子、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2020年11月28日付]