始終先生たちには叱られたが、不思議な信頼関係があり、仲は良かった。

社会人になっても飲みに行ったりする先生もいます。中3の時の担任は、神父さんで宗教の担当でした。ユニークな先生で、「聖書に書かれていることが本当だとは限らないが、そこから何かを読み取ることに価値があるのだ」と言って、あまり聖書は開かず、1年間、性教育の話ばかりしていました。

ある日、「堀は悪さばかりしているから、時には人の役に立たないと。今回は君が募金係をやりなさい」と命じられました。暁星はカトリック系なので、毎年クリスマスの前になると、恵まれない子供たちのために募金を集める。各クラス別に額を競い、表彰の対象にもなります。クラスメートから集めた金額は数千円程度でしたが、過去最高額になりました。

それで担任の先生とクリスマスに都内の児童養護施設に暮らす小さな子供たちを訪ねました。子供たちはワッと寄ってきて、「お兄ちゃん、肩車をしてほしい」とせがんでくる。こちらは小柄だし、体力もないのでやっとの思いで持ち上げると、足を引っかけてくるイタズラな子もいる。よろけて倒れると、子供は大泣きするので、担任から「堀、また何かやったのか」と怒られる。いつもこんな調子でした。この担任にはよく鉄拳を食らいましたが、僕の結婚式の司式をやってもらったのは、その先生です(笑)。

堀社長が通った暁星学園(東京・千代田)

暁星のもう一つの看板はサッカーだ。

体育の授業でも時間があればサッカーばかりやっていました。当時の東京代表と言えば、帝京高校。そこに「事件」が起きました。高1の時、1983年から東京代表は2校選抜となり、暁星が何十年ぶりかに全国大会に出場することになったのです。急きょ、暁星出身で大学の応援団に所属している先輩がやって来て、校内に臨時応援団を創設しました。

先輩は後輩たちを並べ、「おい、そこのメガネ、お前も入れ」と無理やり応援団に引き込まれました。毎朝6時から応援の特訓、実際の大会は雨天の中で行われ、びっしょりぬれながらも必死に応援を続けました。その年を境に「サッカーの暁星」というブランドが確立され、度々全国大会に出場するようになったのは忘れられません。

芸能界は一見華やかですが、浮き沈みが激しい世界です。今や超売れっ子の香川さんも若手の頃はなかなか売れずに苦労されました。もちろん芸能事務所の経営もシビアなものです。特に今年は新型コロナウイルスの感染拡大で、過去にない試練の年になりました。

暁星時代は私にとって人生で一番楽しい時期でした。悪ガキでしたが、多くの知己も得たし、厳しくても面白い先生たちにも恵まれました。ホリプロの経営者として総合エンターテインメント事業を展開する上での貴重な体験も暁星時代のことです。その話は次回にお話ししましょう。

(代慶達也)

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