presented by 日本能率協会

社長も社員も全員副業 ひとつの会社に頼らない働き方JOINS社長 猪尾愛隆氏(下)

JOINSの猪尾愛隆社長は今も自ら兼業を続けている
JOINSの猪尾愛隆社長は今も自ら兼業を続けている

JOINSは地方に特化した副業・兼業人材紹介を手がけ、業績を伸ばしているスタートアップ企業だ。2017年に起業した猪尾愛隆(いのお・よしたか)社長には、人材不足に悩む地方企業を支援するとともに、ビジネスパーソンに副業・兼業という選択肢を提供したいという思いがある。転職ではなく、副業・兼業に焦点を当てるのは、収入やキャリアを1社に依存する生活から一歩踏み出してほしいと願うからだ。自身にも、会社への依存心から自分を見失ってしまった苦い経験がある。

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終身雇用の土台が揺らぎ、転職は当たり前の時代となった。とはいえ、家族ができ、住宅ローンを抱えると、転職を決断するうえで心理的ハードルは上がる。猪尾氏も30代後半、それを痛感した。当時、博報堂から転職したクラウドファンディング大手で取締役に就いていた。

担当していたのは、地方に根差し、文化や自然、産業を次世代に残そうと奮闘する企業を、資金面から支える仕事。やりがいを感じていたし、必死に働いていた。しかし、なかなか自身が達成すべき目標をクリアできない中で、心の余裕を失っていった。

「当時、転職は35歳が限界といわれていたこともあって、もう転職は難しい、自分が活躍できる場所はここしかないと思い込んでいました。ちょうど娘が生まれて、家を買い、家族の生活を自分が守らなくちゃいけないというプレッシャーも高まっていたんです」

「だんだんとお客さんにとっての価値を高めることよりも、社内からの評価・自分の給料の維持に意識が向いてしまい、上司の顔色を気にするようになりました。そうなるとどんどん内向きになり、お客さんに思い切った提案もできない。ますます結果も出ない。悪循環でした」

家族との関係もギクシャクした。生まれたての娘の育児を妻一人に任せ、妻が準備してくれていた家族旅行も、会社を休むと、評価が下がるのではという心配から、直前にキャンセルしてしまった。

そうまでして働いたが、待っていたのは取締役からの降格だった。そこでようやく目が覚めた。

「これは多くの会社員に共通すると思いますが、経済的基盤を1社に依存してしまっているせいで、それを失う恐怖から萎縮してしまい、思い切ってバットを振れなくなっていた。こんなことを続けている限り、いい仕事もできないし、自分の人生のオーナーにはなれないと気づきました」

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降格されて気づいた、仕組み化の必要性