10万円給付、効果のほどは? 政府と民間で異なる試算
新型コロナウイルスの感染が再拡大し、追加の経済対策に関心が集まっています。政府によるお金の使い道を考えるとき、気になるのはこれまでの対策がもたらした効果です。今春のコロナ対策の目玉だった国民1人当たり10万円の給付金をめぐっては、政府内からも効果を疑う声が上がっています。
「預金、貯金は増えた」。麻生太郎副総理兼財務相は10月、給付金が消費を押し上げる効果は薄かったという認識を示しました。事実、4~6月に家計が所得を貯蓄に回した割合は23.1%と1994年以降で最高を記録しました。給付金は消費に回らなかったのでしょうか?
内閣府は4月、総額12.8兆円の給付金のうち約55%が消費に回り、7.1兆円の経済効果を生むと試算しました。一方、第一生命経済研究所の熊野英生首席エコノミストが6月までの政府統計から試算すると、消費の押し上げ効果は2割程度にとどまりました。三菱総合研究所が5000人を対象に給付金の使途を尋ねた調査でも、押し上げ効果は3割程度でした。
政府と民間の試算が異なる状況について、内閣府の担当者は「消費への効果は時間軸をもって見る必要がある」と話しています。対して熊野氏は「確かに給付金が8、9月の消費を下支えした面はある」としつつ、「政府の試算は過大だった」と指摘しています。
給付金の当初案は、所得が一定水準を下回った世帯に30万円を配るという内容でしたが、スピードや公平性を重視して一律10万円に切り替わった経緯があります。困窮する世帯を支えるためにやむを得なかった面もありますが、三菱総研の綿谷謙吾研究員は「収入が減少した世帯への所得保障が不十分になった」と問題視しています。
今後の景気動向によっては、政府は再び給付金を配る判断を迫られるかもしれません。「困っている人にこそ支援を」という声は多く聞かれますが、いつどのように給付を判断するか、という問題が残ります。急速に景気が悪化したときに対象や金額をめぐる議論が長引けば、支援は手遅れになります。
米経済学者のクラウディア・サーム氏は、失業率が一定水準を超えた場合に自動的に給付を決めるという案を提唱しています。「家計の迅速な支援だけでなく、さらなる景気の落ち込みを予防できる」というメリットを主張しており、日本の専門家の間でも「政治的な綱引きなしに意思決定ができる」(一橋大の竹内幹准教授)と評価する声があります。
誰に、いつ、どうやってお金を配るのか。今のうちに議論しておく必要がありそうです。
竹内幹・一橋大学准教授「効果検証へデータ公開の拡大を」
10万円の現金給付をどう評価し、次につなげたらいいのでしょうか。実験経済学が専門の竹内幹・一橋大准教授に聞きました。
――国民に一律10万円を配った今回の政策をどう評価しますか。
「政策の効果を測るには、事前にその目的や、効果を測るための指標の定義が明らかになっていなければならない。政府は今回の給付金を配る際、『人々が連帯して、一致団結し、見えざる敵との闘いという国難を克服するため……』と(政策目標を)記した要綱を示した。しかし効果を測るための指標は厳密に定めていない。失敗したときに責められるので出しにくい面はあるだろうが、後の検証のためには目的や指標などの設計を明確にしておくべきだった」
――どうすれば政策効果を測り、次に生かす流れが作れるでしょうか。
「長い目で見る必要がある。政府統計に含まれる(個人を特定しない形で加工した)『個票データ』を利用すれば、効果検証は進む。経済学者らはこれまで個票データの公開を求め、少しずつ実現してきた。とはいえデータを基に政策介入の効果を測る取り組みは50年ほどの歴史しかない。たとえば英国海軍は18世紀半ばに壊血病の予防にかんきつ類が有効と気づきながら、現場での導入には数十年を要した。最終的に壊血病にビタミンCが効くとわかったのは20世紀になってからだ。科学的な解決策が社会で応用されるのには長い時間がかかる」
――仮にもう一度給付金が必要になった場合、必要な視点は何でしょうか。
「お金はダメージを直接受けた人に配るのが原則だ。その上で人々の移動データも含めて総合的に考える必要がある。10万円を配る効果だけでなく、感染症を抑えるために人出を抑える効果も考慮しなければならない。例えば旅行や外食を促す『GoToキャンペーン』の個票データを集約できれば、キャンペーンが消費と感染をどれだけ増やしたかが検証できる。個票データを公開する対象を広げれば、分析したい研究者はたくさんいる。もっとデータを出してほしい」
――景気が悪化したら自動的に給付金を配る措置を紹介していますね。
「政治的な綱引きがなく、意思決定が早く済むのは良い点だ。給付の決定を自動化すれば、失敗を恐れずに済むし、効果の検証もしやすいだろう。もし数回給付して失敗が明らかなら見直せば良い。ただ自動化しても人間が出入力の数字をいじったりする懸念は消えない」
(高橋元気)
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