スマホ持ってテクテク散歩 アナログな出会い楽しい
立川談笑
この連載で弟子の吉笑がちょっと触れてましたが、私がこの春から始めている街歩きの話をします。歩くのは住宅街や公園、幹線道路、オフィス街です。テクテクするのは基本的に朝から昼までで、快適さがわずかでも薄れてきたらすぐにやめる。だからいつも快適。わはは、当たり前だ。
雨が降ったり気が向かなかったりしたら、迷わず電車やバスに乗って帰るし、お店や神社仏閣などにいくらでも寄り道します。健康増進がもともとの目的ではありますが、運動よりあくまでも楽しさを優先する。そうやって街を歩けば、そこにはテクテク歩くスピードだからこそ見える世界が広がっています。また歩いてこそ味わえる楽しみがあります。
歩くときのスタイルは、足元だけがランニング用のスニーカーであとは普段着です。秋の今ならジーンズに薄手のブルゾンを羽織るくらい。このごろでは朝は手袋とマフラーも活躍し始めました。ラフな出勤姿といった具合です。
やたらと植物に詳しい「同伴者」
そして何よりもスマートフォン(スマホ)が欠かせません。知らない路地に入り込んでも全地球測位システム(GPS)で現在地や周辺の地図が分かる。アプリを使って移動した軌跡や距離、時間もまるごと記録できる。本当に便利ですが、便利なのはそれだけではありません。
最近の大きな楽しみのひとつは街角で見かける「花」です。これまで花なんてさほど興味はありませんでしたよ。それが、スマホの新しいツールの登場で世界が変わっちゃった。
道端に見慣れない花を見つけたとき……って、詳しくないからたいていの花は見慣れないんですがね。スマホを取り出してパシャリと撮影する。で、画面のアイコンをタッチすると別の画面が開いて、なんと花の名前を教えてくれるんです。瞬時に。あっさりと。これはすごいことです。ビバ、21世紀! もう、やたらと植物に詳しい人と一緒に歩いてる感じ。「あれは?」って聞くと「はいっ」ってすぐさま教えてくれる。
仕組みとしては、人工知能が画像の色や形の特徴を抽出してインターネット上の膨大な画像群と照らし合わせて、で、どうにかしてるんですよ。わはは。
使い始めたのは7月。街路樹にずらっとサルスベリが植わっているところがあって、見事に咲き誇っていたんです。白い花をつけるもの、鮮やかなピンクの花をつけるもの。見上げるような木の、大きく広がった枝先に小さな花が集まってこんもりと咲いている様子に目を奪われました。
思わず足を止めて撮影し、家内に送って見せるため画像の明るさなんかを調整しようといじっていた。そこで偶然その機能を知ったんです。
「関連する検索結果。サルスベリ。ミソハギ科の落葉中高木」と表示された。うわ、わ。いきなり何を言い出すんだ? 乳飲み子が唐突に英語でアメリカ合衆国の歴代大統領の名前を唱え出したような驚きです。
それ以来、街で花を見つけるやいなや片っ端から調べます。ノウゼンカズラ、キンギョソウ。ランタナなんてかわいらしい花は名前はもちろん、見たこともなかった。結構あちこちで植えてるんですね。色とりどりにカラフルで、和名を「七変化」。スマホがどんどん教えてくれるから楽しい。
ほかにもサルビア・ミクロフィラ、シコンノボタン、ギョリュウバイ、カラミンサ、アベリア。鮮烈な色の葉っぱだけで検索したのがムラサキゴテン。曼珠沙華(マンジュシャゲ)には赤だけでなく白もあるんだねえ。
ときにはあまりの花知識のなさに我ながらガッカリすることもあります。11月に入ってあちこちで咲き始めた、中高木につく白やピンクのちょっと大ぶりのバラみたいな花。これが咲くと、落ちた花弁が散り敷かれたその一角は明るく華やかになる。「この花の名前は?」。撮影してスマホに尋ねてみると、サザンカだって。おーい! この年になるまでサザンカも知らなかったなんて。ショック……。
山茶花なんて漢字でも書けるさ。童謡「たきび」だって歌える。ずいぶん歌ったもんだ。なのに現物を知らなかったとは。「さざんか さざんか さいたみち♪」って、元気に歌いながらどんな景色を思い浮かべていたのか幼き俺よ。
公園の片隅に立つ石碑などをきっかけに土地の歴史を調べるのにもスマホが活躍します。地名の由来も面白い。NHK番組「ブラタモリ」のように、なにげない坂道や見えない川(暗渠=あんきょ)も楽しい世界としてスマホが魅力的に見せてくれます。
そして街歩きには、スマホとは逆のアナログの楽しみもあります。見知らぬ人との交流です。
古い下町育ちのせいか、私は気兼ねなく他人に声をかけるタイプなのです。これは今どきの東京じゃあちょっと珍しい。まあ、大阪だとよく見かけますよ。「あらまあ、えらいすてきなスカーフやねえ。どこで買(こ)うたん? アメちゃんあげよか?」みたいな。
大阪のおばちゃんの域には達しませんが、私も街なかで何か気になることがあると気軽にそこにいる人に尋ねます。あ、若いママさんや忙しそうなビジネスマンは遠慮しますよ。迷惑そうなのでね。結果、おじいちゃんおばあちゃんに話し相手になってもらいます。健康のために毎朝ゆったりとご近所をお散歩しているような高齢者。考えたらやってることは私と一緒ですから、なんなら仲間みたいなもんです。同好の士。
おばあちゃんのマシンガントーク
川沿いを歩いていたら土木工事をしていて、意外なほど大規模だったのでそばにいたおじいちゃんに聞いてみました。すると「ああ、調節池をつくってるんだ。この付近は大雨になると水があふれて大変なんだよ。何年か前なんか〇丁目までずーっと床下浸水で……」と聞いてないことまでどんどん教えてくれる。
住宅地にパトカーや警察官が集まっていたときは、立ち話をしていた3人の先輩たちに尋ねました。そしたら「ゆうべ、あの家で火事があったの。その検証だって。親子2人暮らしで、息子ももう高齢なのね。でも2人とも助かったって。たまたま昨日は……」と、火事の顛末(てんまつ)からご近所の人間模様に至るまで話してもらった。ある意味、スマホよりすごいぞ。
もうひとつ。新宿通りを歩いていたときのこと。頭上の爆音に驚いて見上げると、四ツ谷のビルをかすめるほどの低空でヘリコプターがゆっくりと飛んでいる。何事かとヘリを追いかけて北側の住宅街にどんどんと入って行って……って、イイ歳して何やってんだろうね。
下り坂になって視界が開けたところで、ヘリが防衛省の屋上に着陸するのが見えた。緊急事態? なにごと? やはり様子見に家から出てきたのか、ヘリを見つめるおばあちゃんに声を掛けました。「ずいぶん低く飛んでましたねえ」
「毎朝やってんのよぉ! うるさくてしょうがないから今から電話で文句言ってやろうと思って。同じやるんなら、年に一度くらいここいらの町民を招待しろって。幕の内弁当のひとつも用意しておもてなしとかさ。しなさいよって、ねえ。まーた近ごろはヘリのパイロットが下手くそったらないのよ。あんた、どっから来たの?」
思わぬところでおばあちゃんのマシンガントークをくらいました。四谷坂町、侮れない。懐かしい下町情緒を味わった気分です。とか言いながら、早口でまくしたてる「招待しろ」の部分がなぜか英語で「インバイト(invite)しろ」だったのが最大の謎だったりして。
面白ずくで街をテクテク歩き続けてきた私は、半年で肥満も高血圧も解消できました。目標達成? いいえ。健康のためではなくて、快適で楽しいから続けてるんです。
楽しさと意外性に満ちた街歩き。ただし歩きスマホは危険です。外で画面を見るときは、立ち止まって安全確認してください。これは、念のため。
さあて、明日はどっち方面に歩こうか。
1965年、東京都江東区で生まれる。高校時代は柔道で体を鍛え、早大法学部時代は六法全書で知識を蓄える。93年に立川談志に入門。立川談生を名乗る。96年に二ツ目昇進、2003年に談笑に改名、05年に真打ち昇進。近年は談志門下の四天王の一人に数えられる。古典落語をもとにブラックジョークを交えた改作に定評があり、十八番は「居酒屋」を改作した「イラサリマケー」など。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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