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研究所にずらりと並ぶ抽出器具。セミナーではコーヒーのph(ペーハー)と濃度も測り、味わいの感覚と実際の数値との相関を実感してもらう

学び、伝えることには当初から熱心だった。1999年から2016年夏まで毎月10回以上の一般人向けセミナーを実施し、執筆・監修した書籍は10冊を数える。

「でもね、ずっと忙しくて豆の栽培とか精製の研究には手が回らなかった。コーヒーの風味がどうやって生まれるのか、という疑問に何一つ答えられないことにも気づいた。そうしたら本が書けなくなっちゃったんです。ならばコーヒーの品質についてもっと勉強しよう、と。社長は13年に退いて、15年までに事業の継承は終えた。それで65歳で大学に通うことにしました」

東京農業大学の食品科学の研究室の門をたたき、社会人枠の修士認定試験を通った。16年に大学院の博士課程に入学。慣れぬ器具を使う実験に悪戦苦闘し、査読論文ではこってり絞られ、忍耐の日々の末に19年、無事修了した。

――博士課程の研究テーマは。

「生豆の品質を理化学的な数値で分析して、これが風味の官能評価(味覚など五感による評価)とどんな相関性があるのか、を研究しました。味に影響する豆の成分は主に有機酸と脂質、あとはアミノ酸と蔗(しょ)糖がある。これらの組成バランスによって風味に明確な違いが出ます。その化学的な分析データを反映させて、豆の品質を評価する新しい軸を作りたいんです」

――海外のSCA(スペシャルティコーヒー協会)ではカッピング(テイスティング)による官能評価で豆の個性や品質を判断しています。

「SCAでは酸味やフレーバー、ボディーなどの評価項目があるけれど、うま味や苦みの判断基準がなく、まだ曖昧です。これに化学的な基準を加えれば、品質評価はより的確になる」

――新しい基準を提唱しても、理解してもらえなかったり反発されたりすることもあります。ドン・キホーテ的に見られても構いませんか?

「構いません。誰かが最初に新しい考え方を提示しないと理想に近づかない。でも5年後、10年後にはこっちの方向に行くと思ってますよ」

達観、超然、異端視上等、という風情で飄々(ひょうひょう)と語る。学位論文のタイトルは「スペシャルティコーヒーの品質基準を構築するための理化学的評価と官能評価の相関性に関する研究」。もっとも、大学院に通った第二の人生は、堀口珈琲への貢献を想定してはいない。「僕はもう経営に一切タッチしていないので。研究生活はあくまで個人的な理由で、自分を完結させたいと思ったからです」

10年ぶりに執筆した書籍「ザ スタディ オブ コーヒー」(新星出版社)が11月に出版された。「勉強したら書く意欲が湧いてきた。次の本も執筆中です」

一方で「コーヒー業界には今後も役立ちたい」と話す。今回の研究成果も業界に刺激を与えられるのでは、と期待する。ほぼ10年ぶりに新しい本を執筆し、研究中は休んでいた一般人向けのセミナーも復活させた。ただし10年以上前にやめた開業支援を再開するつもりはない。「これからの時代、喫茶の店を開いても厳しい。僕は開業するのはやめなさい、と言っている」

確かにコロナ禍がコーヒー業界に及ぼす影響は計り知れず、つい悲観的にもなってしまう。だが堀口さんは、現実をシビアに見据えながらも、そこにコーヒー学という1つの処方箋を提示する。一朝一夕に実現するものではない。でも、ふとそのカリキュラムの実現を想像してみたくもなる。何やら、面白そうではある。

(名出晃)

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